Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

不毛地帯

不毛地帯 第一巻(新潮文庫)

【概要】
著者(監督):山崎豊子

(1)

これは架空の物語である。

過去、あるいは現在において、たまたま実在する人物、出来事と類似していても、それは偶然にすぎない。

恥ずかしながら初・豊子。瀬島龍三伝を幹にでいろんな人の逸話を枝葉に盛り込んで再構築した感じ。1巻はソ連抑留の話が7割程度で重苦しい。重苦しい過去編と現代編とをおおむね交互にやっていくスタイルのいわゆる経済大河小説。読む前の案に相違してけっこう読みやすい。寿命60-70年程度の時代、アラフィフのおじさんが全く畑違いの世界に飛び込む点は現代ではむしろ温故知新で新しいのでは。

戦争はしてはならぬ、するかぎりは絶対、勝たねばならぬと、思い知った。

大門社長「壹岐さん、いつまで迷うのです、あんた、戦争に敗けて、すまんと思うのなら、軍事戦略で鍛えた頭を、今度は日本経済発展のための経済戦略に使うべきや」

このあたりは登場人物というよりも著者や読者の思いでもあると理解。軍事に関わらないという誓いを立てた主人公が現実とどう折り合いをつけるかが見ものだ。

シベリア抑留関係では、ソ連の理不尽な抑留をみっちり描写。徹底的搾取のラーゲリ経営と狡猾な支配方法、狂気のシベリア民主運動、ソ連国際法無視の横暴などは様々な媒体で描かれている通り。開戦時には存在しなかった事後法で国家ではなく「戦争犯罪者」を裁く東京裁判の理不尽も描かれているぞ。

シベリア抑留物語が集結したあとは、商社に特別待遇の新入社員として入社し、高度経済成長期が本格的に始まりかけた時代の商社のモーレツな世界を活写する。サプライチェーンをつないで関係者みんなを食わせる商社マージンの存在意義。合成繊維を代表とする日米貿易勃興の時代の時代の熱気。著者の描写力やストーリーテリング力がなかなか高い。現地取材・談話・文献を渉猟する取材力にも脱帽。待て次巻。

(2)アメリカ出張で知見蓄積・人脈開発を行った後は、結局防衛庁関係の仕事に取り組むこととなる。政治家や新聞社、ライバル商社など各種関係者が入り乱れる戦闘機選定・受注合戦が繰り広げられる。FX問題の死闘を経て、社長に「壹岐君、君、案外と商売人やないか」と言われるまでの成長を遂げる。出張、報告、接待、社内(外)政治など、やや古いが変わらぬビジネスパーソン仕草を学べる。

 旧軍の生き残りとして第二の生に悩み、アウトサイダーとしての自分に悩み、少々の家庭問題に悩み、京都女の影に惑いそうになる心を抑え、友の死を乗り越え、気づけば常務に。経営戦略を立案をする業務本部の長となり、ついに本領発揮していく。かつて出会った人物を部下として引き抜き手足とするあたり、サラリーマン小説ぽさがあり良い。京都女に加えてデヴィ夫人っぽい人も登場するが、お堅い優男で通す。高度経済成長真っ只中、冷戦下での防衛力強化や第三次中東戦争といった世界の荒波にもまれて混迷する時代の中、モーレツに働く。女 機密情報  

(3)経営幹部として自動車の外資提携をずっとやっている。妻がやおらフォーカスされ始めたと思ったら…作劇上の都合で急遽退場させられる。「自己規制が強すぎる人」だったのだが、これで著者や読者からGOサインが出た。

「だが、この振出しには、勇気を振るい起して、たち向ってみよう―—、壹岐は、曾て十一年間の空白を埋めた図書館の前で足を停め、暫し、塑像のようにたたずんだ」。

アメリカ子会社社長として、里井副社長とのギスギスはありつつも、「人生って不思議な廻り合せですね」なんて言ってくれるかつての友・今の部下の助けもあり仕事はうまくやれている。そこに現れるあの陶芸ガール。ああもう行け! 

一方で、「いつまでも安らぐ時を得られない自分の運命——、しかもその運命が大きく変転する時には、不思議と死が隣り合わさっている」。「果てることのない流浪の旅をしているような心の凍える思いがした」。「物資は豊かでも、精神的に不毛の中に生きる方が、生き辛い」とタイトルがついに回収される。 

(4)米国子会社で自動車の外資提携に取り組みつつも、石油開発に興味が湧いてくるイッキー。里井副社長との確執を経て、ナンバー3どころかナンバー2と目されるまでに。アメリカ、韓国、インドネシアシンガポールと飛び回る。財閥系商社連合との入札競争、仲介者を使ったイラン要人との接触、政治家の邸宅参りなどなど、ムツゴロウのごとく不毛な泥の中を泳ぎ、石油開発という国家的プロジェクトへの投資決定に漕ぎ着けた(社内のみ)。国家のためと自己を納得させるが、汚い世界からはもう抜けることはできないのか。一方、プライベートでは都合のいい女と化すチサッティの苦悩も。おっと、抑留者の救済・記念事業も忘れちゃいけない。舞鶴に慰霊碑を建てる話も進行中。 

実現可能性調査(フィージビリティスタディ)とか、趣旨確認書(レター・オブ・インテンション)とか、いいよね。

(5)ドクター・フォルジへのルート工作、イラン政府をして日本に圧力をかけしめるなどの政治工作を行い、勝ち取った石油開発プロジェクト。開始したはいいものの、なかなか出ない油。一方で老害化するDAIMON。蠢動するSATOI。乾いた世界で紳士であろうとするが、もうけっこうしんどいです。いろいろ参っていたが、最後の最後で出ました、油。

石油開発と自動車の外資提携が成功したタイミングで自身もろともDAIMONに引導を渡す引き際のよさは素晴らしい。第三の人生は抑留戦友会の代表。どう考えても最後のシーンがやりたかったのがわかる。が、正直言って長かった! 読みやすいのは読みやすいのだが。あとがきでは四百名近い取材者リストを感慨をもって眺める著者。他の大河経済小説も興味あり。

壹岐の胸に、大阪住之江の市営住宅から、南海電車に乗って難波駅で降り、そこからバスに乗りついで、近畿商事を訪ね、暫く待たされてから、やっとこの社長室へ招じ入れられた日のことが、思い返された。
(中略)
「社長、何卒、ご英断下さることをお願い致します」
壹岐は上衣の内ポケットから白い封書を取り出し、机の上に置いた。『辞表』とし
たためられている。大門の顔色が、変った。
「壹岐、まさか・・・本気か……」
今の今まで、壹岐が、社長の座を取って替ろうとしているとばかり思い込んでいた大門は、呆然とした。
「社長、どうかご受理下さい、社長が勇退された社に、私が残ることなどあり得よう
はずがございません、同道させて下さい」
「壹岐、君は、自分の一身を賭してまで、わしに退陣を勧めるのか」
大門は呻くように云い、なお心の葛藤と闘うように長い重苦しい沈黙が続いた。不
意に大門の体がぐらりと揺らいだ。
「会社は、あと、どうなるのや」
「組織です、これからは組織で動く時代です、幸いその組織は、出来上っております」
壹岐は入社時、大門から大本営参謀として持っている作戦力と組織力をわが社に生
かしてほしいと求められたのだった。
「そうか、あとは組織か……」
大門は、今はここまでと覚悟を決めるように云い、窓辺へ歩いて行った。
「社長......」
壹岐は、唇を噛みしめた。

 

オーロラであった。シベリアの無常の空を、七色の光が不気味なほど美しく彩り、「生きて歴史の証人たれ」と、いかなる過酷な運命の下でも生き抜けと諫めた故谷川大佐の声が、オーロラの中から、壹岐の耳にはっきり聞えて来た。

 

【詳細】

<目次>

(1)

  • 一章 出会い
  • 二章 壊滅
  • 三章 社長室
  • 四章 シベリア
  • 五章 運命
  • 六章 濁流
  • 七章 戦犯
  • 八章 地の果て
  • 九章 門出
  • 十章 祖国へ
  • 十一章 再出発
  • 十二章 春雷

(2)

  • 十三章 アメリ
  • 十四章 風雲
  • 十五章 二つの翼
  • 十六章 怪鳥
  • 十七章 新生
  • 十八章 スエズ運河

(3)

  • 十九章 陽炎
  • 二十章 波紋
  • 二十一章 月光
  • 二十二章 ニューヨーク
  • 二十三章 試走
  • 二十四章 炎

(4)

  • 二十五章 暁暗
  • 二十六章 インシャ・アッラー
  • 二十七章 ナンバー・3
  • 二十八章 熱砂
  • 二十九章 その日

(5)

  • 三十章 イランの賭け
  • 三十一章 油兆なし
  • 三十二章 天声
  • 終章 極光

 

<メモ>

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