【概要】
著者(監督):辺見じゅん
「ぼくたちはみんなで帰国するのです。その日まで美しい日本語を忘れぬようにしたい」
マルチタレントを持っていた男・山本幡男の遺書を中心に、過酷な収容所(ラーゲリ)生活を紙上に復元する。過労や酷寒や病に多くの仲間が倒れる過酷なラーゲリ生活にあって、アムール句会をはじめとする文化活動、そして山本自身の人柄はどれだけ心の支えになったであろうか。
韃靼の野には咲かざる言の葉の花咲かせけりアムール句会
故人の遺書を暗記して文字も含めて紙上に再現し、遺族に届けるという超人的行為に驚き。実話であることにまた驚き。山本さんの薫陶を受けたかったなあ(ラーゲリ生活は嫌だが)。著者曰く「これは山本故人の遺書ではない、ラーゲリで空しく死んだ人びと全員が祖国の日本人すべてに宛てた遺書なのだ」。
当然といえば当然だが、やはり遺書が心にくるんだなあ。
ドウカ明ルイ希望ト確信ヲ以テ生キ抜イテ下サイ。皆様ニヨロシク
★山本幡男の遺家族のもの達よ!
帰国して皆さんを幾分でも幸福にさせたいと、そればかりを念願に十年の歳月を辛抱して来たが、それが実現できないのは残念、無念。この上は唯皆さんの健康と幸福とをお祈りしながら寂光浄土へ行くより他に仕方が無い。私の希みは唯一つ、子供たちが立派に成長して、社会のためにもなり、文化の進展にも役立ち、そして一家の生活を少しづつでも幸福にしてゆくといふこと。
どうか皆さん幸福に暮して下さい。これこそが、私の最大の重要な遺言です。
妻へ
妻よ! よくやった。実によくやった。夢にだに思はなかったくらゐ、君はこの十年間よく辛抱して闘ひつづけて来た。これはもう決して過言ではなく、殊勲甲だ。超人的な仕事だ。
君は不幸つづきだったが、之からは幸福な日も来るだらう。子供等を楽しみに、辛抱してはたらいて呉れ。知人、友人等は決して一家のことを見捨てないであらう。君と子供等の将来の幸福を思へば私は満足して死ねる。雄々しく生きて、生き抜いて、私の素志を生かしてくれ。
二十二ヵ年にわたる夫婦生活ではあったが、私は君の愛情と刻苦奮闘と意志のたくましさ、旺盛なる生活力に感激し、信頼し、実によき妻を持ったといふ喜びに溢れてゐる。さよなら。
子供たちへ
また君達はどんなに辛い日があらうとも、人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するといふ進歩的な思想を忘れてはならぬ。偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基く自由、博愛、幸福、正義の道を歩んで呉れ。
人の世話にはつとめてならず、人に対する世話は進んでせよ。但し、無意味な虚栄はよせ。人間は結局自分一人の他頼るべきものが無い―—という覚悟で、強い能力のある人間になれ。自分を鍛へて行け! 精神も肉体も鍛へて、健康にすることだ。強くなれ。自覚ある立派な人間になれ。
【詳細】
<目次>
- 1章 ウラルの日本人俘虜
- 2章 赤い寒波(マロース)
- 3章 アムール句会
- 4章 祖国からの便り
- 5章 シベリアの「海鳴り」
<メモ>
- 「ラーゲリの朝は、レールの切れ端を吊してハンマーで叩く鐘の音で始まる。毎朝六時にはこの鐘が不気味に鳴り響き、重労働の一日を告げた」
- 「そうだよ、生きて帰るのだという希望を捨てたらじきに死んでしまうぞ。頭を少しでも使わんと、日本へ帰っても虜ボケしてしまって使いものにならんからね」
- 「アムール句会には、山本を中心に少将から一兵卒、民間人にいたるまで、さまざまな人びとが集まった。旧軍隊の組織から見れば選者の山本は一等兵にすぎなかったが、句会では階級名や名前で呼ぶこともなく、みんな俳号でとおした。軍隊での階級や句会での年功序列を山本はもっとも嫌っていた」☜万葉集😁
- 作業は土建作業が中心。黒パンでさえ至上のうまさに変わる極限生活。ラーゲリごとに独立採算制を採用。驟雨のごとき南京虫、裁判中に居眠りしたり授乳したりする裁判官。馬鈴薯と馬糞を間違えるとか、宿主が死ぬとシラミが逃げ出すとか、環境が環境だけに悲喜劇に事欠かない。
- 麻雀、将棋、正月祝賀、演劇、野球、犬のクロなど意外と絶望の地にも娯楽はある。ロシア兵や寒さや空腹のなかで、文字や文化活動を渇望し、帰国(ダモイ)を心待ちにしていたのだ。引揚船内部に敷かれた畳と和食が泣ける。
- 意外や意外、戦前からの左翼思想家やインテリは1947年ごろからソ連で冷遇されはじめる。
- 山本幡男のマルチタレントが怖ろしすぎる。翻訳、活動写真の弁士、演劇の脚色、短歌・俳句講義(アムール句会)、新聞作成、各種学術講座(「ラーゲリ大学」)などなど。彼の薫陶を受けた人たちが待遇改善を求めて百日余のストライキ闘争を起こしたのかも…。
- 映画版は…トレーラー見ている限り血色が良すぎて不自然極まりないので観ないかな。
☟収容所といえば。
☟文字への渇望といえば。
☟引揚げといえば。
☟シベリア抑留といえば。