評価:B+
【概要】
黒部ダム(第三)建設のドラマ。峻険な峡谷、煮えたぎる鉄砲水、炸裂する泡(ホウ)雪崩。三百の屍を乗り越え困難を突破していく土木技術者の矜持と孤独に、胸が熱く、冷たくなる。
【詳細】
かれらは、ただ地中を掘り進むことだけにしか関心をいだかず、最後の発破で切端にぽっかり穴のあけられた瞬間の、体中に満ちる熱いものをあじわうためだけにただ掘りすずみつづけるのだ。黒部ダム(第三)建設のドラマ。峻険な峡谷、煮えたぎる鉄砲水、炸裂する泡(ホウ)雪崩。三百の屍を乗り越え困難を突破していく土木技術者の矜持と孤独に、胸が熱く、冷たくなる。
<自然と人間>
黒部渓谷は、まだ人間の知識や能力ではおよびもつかない為体の知れぬ強大な力をもつ大自然なのだろうか。強引に工事をすすめてみてはきたが、人間の生命は、その力の前にあっけなく次々とすりつぶされてゆく。
日本最高レベルに峻険な峡谷。まず落ちる。
頭部はつぶれて歯列と眉毛が密着し、足の骨も横腹から突き出ていてほとんど原型はとどめていなかった。そして布につつむため持ち上げると、全身の骨格が粉々にくだけていて体中からきしむような音が一斉に湧いた。…。
そして岩盤めっちゃ熱い。クッソ熱い。
水銀柱は107度の目盛りまで上昇していた。
…?
水銀柱は、呆れたことに摂氏162度まで上昇していた。
…!?
天を衝くドリルじゃなくてダイナマイトで掘削を進めていく。
あれ…?ちょっと待って。
I have a bedrock heat.
I have a dynamite.
Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh !
暴発した。
藤平は、あわてて眼の前の湯の中に揺れている桃色がかったものに視線をもどした。漸くそれが、内臓のはみ出た胴体の一部であるらしいことに気づいた。あ。
というわけでいろんなエグめの課題を出してくる自然に技術者が立ち向かっていく。
- 坑内の殺人的高温⇒人夫の後からホースで水ぶっかけ、さらにぶっかけ係にも水ぶっかけ
- ダイナマイトの暴発⇒エボナイト樹脂で包んで伝熱速度抑制
だが、自然の鉄槌はまだまだ終わらない。
鉄筋コンクリートの宿舎を吹きとばした泡雪崩。宿舎に突き刺さる橅の大木。火災。
もうかんべんしたげてよう!
<技師と人夫>
なにしろ死ぬほど危険な作業なので、手当や食事、休憩など、作業者の労働衛生環境をできるだけ上げたり(それでも労基署がダッシュで乗り込んでくるレベルだが)、人心掌握術を駆使して戦う使用者側(工事課長・藤平、事務所長・根津)。
人夫たちの表情には、不穏な気配はみじんも感じられない。かれらは、自分たちでも容易に手をくだせないでいた肉塊の散乱物を、黙々と一人で抱き続けて動きまわった根津の行為に素朴な感動をおぼえているのだ。
人夫たちの危うい感情を巧みに一変させた行為。それは、素朴な人夫たちの心理を知りつくした根津の演技だと言うのだろうか。
根津「不測の事故で死んだやつは、こっちに責任があるように思うね。尻ぬぐいをするという気持ちかな。だが、自分の不注意で死んだやつには、この薄馬鹿野郎と思うだけさ。それでも始末だけはしてやるがね」彼らは違う人種なのである。
技師と人夫。そこには、監督する者と従属する者という関係以外に、根本的に異なった世界に住む者の違和感がひそんでいる。それは、技師は生命の危険にさらされることは少いが、人夫は、より多く傷つき死ぬということである。
かれらの生命は、自分たち技術者の一寸した思いつきや一寸した思いちがいから、死をまぬがれ或るは迎え入れねばならない。
人を使う立場にある技術者は、この言葉を忘れずに覚えておくように。
だが、二者の懸隔は決して埋まることはない。難工事をともにやり遂げたという感慨など、一時のものでしかなかった。
藤平は、一歩一歩恐怖感がたかまってくるのをおぼえた。散乱し肉塊に化した遺体、圧しつぶされた人夫たちの体、炭化した焼死体、そして遺体にとりすがって泣きわめく遺族たちの姿が、自分の体をぎっしりと埋めてくる。そして技師は人夫らを残し、一足先に山を去る。
<吉村昭作品>
基本的に記録文学然としている。
無骨なのがシブくてよい。