Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

出家とその弟子

著者:倉田百三
【評】
「このままで、このままで」「みんな助かっているのではなかろうか」
すべては阿弥陀の摂取につつまれ救われる。
左衛門も、唯円もかえでも、そして親鸞でさえも。

私たちの魂の真実を御覧なさい。私たちは愛します。そして赦します。他人の悪を赦します。その時私たちの心は最も平和です。私たちは悪い事ばかりします。憎みかつ呪います。しかし様々の汚れた心の働らきの中でも私たちは愛を知っています。そして赦します。その時の感謝と涙とを皆知っています。私たちの救いの原理も同じ単純な法則です。魂の底からその単純なものが蘇って来るのです。そして信仰となるのです。


親鸞唯円というキャラクターをうまく使って、浄土真宗に基督教を練り込み、人間の悲哀世界のうつくしさ信仰のけだかさを謳いあげた名作。
ロマン・ロランによれば、「キリストの花であり仏教の華である。すなわちユリの花でありハスの花である」。
 

運命がお前を育てているのだよ。ただ何事も一すじの心で真面目にやれ。ひねくれたり、ごまかしたり、自分を欺いたりしないで、自分の心の願いに忠実に従え。それだけ心得ていればよいのだ。 

これ、人生の指針ね(๑╹ω╹๑ )


師・親鸞の言葉を胸に、周りの白眼視に苦しみながらも、とめようのない力で恋にのめり込む唯円
彼とかえでの逢引きはいとおしい。見ているこっちが身悶えするくらいだ。

かえで (唯円に寄り添う)私も遇いたくて。あいたくて。(涙ぐむ) 

 

唯円 (痙攣的にかえでを抱く)永久にあなたを愛します。あなたは私のいのちです。
かえで (唯円の胸に顔を押し当てる)いつまでも可愛がって下さいよねえ。
唯円 いつまでも。いつまでも。

 

二人しばらく沈黙。
唯円 かえでさん。
かえで はい。
唯円 かえでさん。かえでさん。かえでさん。
かえで まあ。(眼をみ張る)
唯円 あなたの名が無暗と呼んで見たいのです。いくら呼んでも飽きないのです。
かえで (涙ぐむ)私はあなたといつまでも離れなくてよ。墓場に行くまで。
唯円 私は恋の事を思うと死にたくなくなります。いつまでも生きていたくなります。

 

私はどうしても恋を悪いものとは思われません。もし悪いものとしたら何故感謝と涙とがその感情にともなうのでしょう。彼の人を思う私のこころは真実に充ちています。胸の内を愛が輝き流れています。湯のような喜びが全身を浸します。今こそ生きているのだというような気が致します。
(中略)
お師匠様がおっしゃいました。宗教というのは、人間の、人間として起してもいい願いを墓場に行くまで、いかなる現実の障碍にあってもあきらめずに持ちつづける、そしてその願いを墓場の向うの国で完成させようというこころをいうのだって。
あの小さい可憐なむすめ、(中略)
(熱に浮かされたようになる)彼の女とともに生きたい、どこまでも、いつまでも。


こういった幕の区切り方、その内容がドラマティックでいいんだな。
恋に生きる唯円、死に際の親鸞、登場人物のリズミカルな、たたみかかけるようなセリフは一読の価値がある。
親鸞の「聖なる恋は他人を愛することによって深くなるようなものでなくてはならない」という言葉も胸にしまっておきたいよね。

今こそすべての矛盾が一つの深い調和に帰しようとする。そしてこの世での様々の苦しみが一つとして無駄ではなかったことが解ろうとしている。
(しみじみした独白の如くになる)なにもかもがよかったのだな。わしのつくったあやまちもよかったのだな。わしに加えられた傷もよかったのだな。往きずりにふと挨拶を交わした旅の人も、何心なく摘みとった路のべの草花もみなわしとははなれられない縁があったのだな。みなわしの運命を成し遂げるために役立ったのだな。

 

それでよいのじゃ。みな助かっているのじゃ・・・・・・善い、調和した世界じゃ。
(この世ならぬ美しき顔に輝きわたる)おお平和! もっとも遠い、もっとも内の。なむあみだぶつ。