すでに風化しつつあるJCO東海村臨界事故の被害者の被曝治療ノンフィクション。チェルノブイリでおなじみチェレンコフ光が光り、致死量の被曝を負った2名。扱っているものの危険さに比してあまりにもずさんな作業・管理は工業系の人間にとっては人ごとではないはず。曝露リスクの高い作業が手抜き化していき、現場の裏マニュアルさえも無視され、その作業方法を主任に承認されていたとなると、組織風土のマンネリ化・慢心を防ぐ不断の努力を大切にせねばと思わされる。
一瞬の被曝で不可逆的な多臓器不全を負った患者の治療は「負け戦」であり、ときおり光明がほんの少し見えそうになるも、着実に病勢は悪化の一途をたどる。医師・看護師の苦闘、本人や家族の想いはいかばかり。被害者家族のムードが明るいのがせめてもの救い。
ずたずたになった染色体の写真が印象的。局所的な火傷と見えたものが確実に悪化していき、一日数リットルの体液が染み出す、皮膚が再生しない、腸の粘膜がなくなるなど、原爆症もかくやと思われる凄惨な現場であった模様だ。自身および周囲のスタッフを気張らせる医師のリーダーシップには学ぶべきものがあるかもしれない。
【詳細】
<目次>
- 被曝 一九九九年九月三〇日
- 邂逅―被曝二日目
- 転院―被曝三日目
- 被曝治療チーム結成―被曝五日目
- 造血幹細胞移植―被曝七日目
- 人工呼吸管理開始―被曝一一日目
- 妹の細胞は…―被曝一八日目
- 次々と起きる放射線障害―被曝二七日目
- 小さな希望―被曝五〇日目
- 被曝五九日目
- 終らない闘い―被曝六三日目
- 一九九九年一二月二一日―被曝八三日目
- 折り鶴 未来
- あとがき
- 参考文献
<メモ>
「おれはモルモットじゃない」
「お父さん、ロボットみたいになっちゃって」
「最后までがんばるんだ!」
「ここにいる人は何なんだろう。だれなんだろうではなく、何なんだろう。体がある、それもきれいな体ではなくて、ボロボロになった体がある。その体のまわりに機械が付いているだけ。自分たち看護婦は、その体を相手に、 次からつぎに、 その体を維持するために、乾きそうな角膜を維持するために、はげてきそうな皮膚を覆うために、そういう処置ばかりをどんどんつづけなければならなかったんです。自分は一体何のためにやっているんだろう。 自分は別に角膜を守りたいわけではない。大内さんを守るためにやってるんだ。
そう思わないと耐えられないケアばかりでした。大内さんを思い出しながらでないと、自分のやっていることの意味が見いだせないような、そんな毎日でした」
「見た目は変わり果てているけれど、がんばってきた大内さんのすべてが、そこにあると思ったんです。体はそこにある。いっぱい処置を受けてきて、痛い思いもして、亡くなったけど、いままでやってきたことが全部そこにある。ご遺体は、大内さんががんばってきた、その結晶だと思ったんです。本当はがんばらせられたのかもしれないけど。それを思うと悲しかった。それほどつらいご遺体だったんです」
妻は息子と一緒に病室に入った。 そして、息子に抱きついて泣いた。 泣き顔も見せず、ずっと気丈にがんばっていると看護婦のだれもが感じていた姿は、そこにはなかった。