「怪物だ~れだ」
そこまで期待していなかったのだが、意外と面白い…というか独特の重たい余韻がある。空虚感というか胃もたれ感というか…何にせよ深い爪痕を残したことは確かだ。いい意味ですっきりしないというか…。未だに頭のなかを様々な思いやシーンがぐるぐるしているが、頑張ってひねり出すことにしよう。感想らしきものを。
最初の20分くらいは全容が見えず、謎めいた情報が小出しにされてもやもやするのだが、サクラが学校に乗り込んだあたりから急速に物語が加速していく。サクラ(母親)、若手先生、子供たちと校長の3部構成の群像劇。ねじれてもつれて、大団円!?
この映画のジャンル自体もホームドラマ、イヤミス、ホラー、サスペンス、恋愛・友情ジュヴナイル…といろいろな見方ができるのだが、とにかくN者N様の現実や現象の捉え方があり、世界は重層的な多面体であることを思い知らされる。黒澤の「羅生門」あるいは芥川の「藪の中」を連想させる。最近の日本映画にありがちの過剰で不自然な演技も少なく、登場人物の血の通った実在感を感じられる。
価値観の無自覚な押し付け、家庭や学校の閉塞感、ひとたび己の正しさを確信すると相手を徹底的に叩き潰すまで止まない暴力性、ファストに一意的な答えを求め深い思考を拒否する怠惰…そんな現代社会の病巣が剔抉されておるぞ。
最後、少年たちが光差す廃線を駆けるシーンは現実? あまりに幻想的だし、たびたび言及される「生まれ変わり」にも関係ありそうに見えるし…レビュー等を見て単一の解釈に縋りたくなるが…それは厳に戒めておる。それは、一意的な解釈を許さないという映画のメッセージに反するからだ。
【詳細】
<メモ>
- 「怪物だ~れだ」に象徴されているように、モンスターは誰なのか、モンスターを生んでいるのは誰・何なのか。登場人物全員の心の中の後ろ暗い感情・暴力性、作り手、観客、現代社会、あるいはこの映画そのもの…。
- 第一部は完全に母子サイドに同情的な視点に誘導されているのだが、サクラが恐ぇ。学校に殴り込んで人を喰ったような対応をされても、校長の鼻接触攻撃はさすがにせんやろ…と思わないでもないが、サクラに見えている世界では現実以上に校長や担任の態度が悪質に見えていたのかもしれない。彼のズレた感じも否めないけどね。世論やネットが過剰にやらかした人を攻撃したりするのに似ている。
- 先生が退場したら、次は転校騒ぎ(嘘)で虐待が判明。もうええかげんにしてくれ。
- 視点誘導や物語の緩急が上手い。情報を小出しにしたり、謎めいたセリフや動作をさせてみたり、bgmも相まってどいつもこいつも怪しく見える。断片情報から頑張って頭の中で組み立てる「単純でわかりやすい物語」が否定され、世界の多面性に五里霧中になっていく。
- 子供世界の空気感の描写が上手い。無邪気さ、不安定、高揚感、閉塞感。
- 柳楽優弥といい、監督は美少年ハンターなのか? 子供二人がやはり主役。第三部で明かされる奇妙な友情(?)は全体的に重苦しい映像の中にあって、ひとときの希望を与えてくれる。秘密基地のなかで怪物ゲームしたかと思ったら、謎めいた発言をしたりキッスしそうになったり。一方、学校では仲良くしている姿を人前で見せることはない湊。いじめられている彼を守ろうと備品をキックしたら筋違いな誤解が拡大してしまったり、汚いとか病気とか言われている依里君に頭を触れられて動揺してしまったり。それにしても依里君の不思議感すごないか?
- 感情を失った校長、含蓄のありそうな言葉をつぶやく。皆が幸せになれないのは「しょーもない」らしい(記憶あいまい)。
- 校長は孫を轢いたのか? 火事は誰が起こしたのか? 最後のシーンの意味は? など、解釈の分かれる点はあるが、分からないままでいいのかも。何事も過剰に説明してしまう最近の作品 分からなさを有り難がらなくなっているからねえ(ラーの翼新竜)。電車で出発進行し、雨が上がって見えた世界は生まれ変わったあとの来世? 現実世界? 誰もさわれない2人だけの国へワープ? これまで描かれた内容の閉塞感・やりきれなさに比して、ラストの開放感は何たることだ。現実世界ではおそらく何も解決していないのに。
- エモい舞台装置や小道具:秘密基地感のある電車車両、その中に吊られたモビール、廃線、トンネル、土砂降り、ベビースターラーメン、金魚、怪物ゲーム(インディアンポーカー的な)、猫の死体、豚の脳、片方しかない靴、チャッカマン、トイレ、鼻血、絵の具、逆文字…謎めいた空気感、何かが起こりそうな不安感・期待感を演出している。
- 価値観の無自覚な押し付け:男らしく握手で和解とか、花の名前を知っている男は変だとか、ラガーマンの夫の幻影を子に背負わせるサクラとか。「白線越えたら死刑」も今思うと象徴的な意味を持っているのかも。
- 子供たちのカリフォルニア(山火事)、ビッグクランチなどの一癖ある言語センスはなかなか。
- なにげに劇中音楽は坂本龍一の遺作だったりする。