Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

【概要】
著者(監督):カズオ・イシグロ 訳:土屋政雄

主人公が主人に仕えた執事人生を旅の途上で追憶する。繊細かつ細密な内面描写、夕陽のように優しけれども確実で残酷な英国と主人の落日、もしかしたら実現していたかもしれない人生。残照のごとき光を最後に残して主人公は日常に還って行く。言葉に出さなかった思念の集積が人生を織りなしているのかもしれない。達意の訳が翻訳であることを意識させない。


【詳細】

<ぶりてん>

「イギリスの風景がその最良の装いで立ち現われてくるとき、そこには、外国の風景が――たとえ表面的にどれほどドラマチックであろうとも――決して持ちえない品格がある」

 

<執事の品格、ダンディズム>

「遍在と不在の間に適切なバランスを保つことこそ、よい給仕の本質と言えましょうか

「執事が、執事としての役割を離れてよい状況はただ一つ、自分が完全に一人だけでいるときしかありえません」

「外部の出来事には――それがどれほど意外でも、恐ろしくても、腹立たしくても――動じません。偉大な執事は、紳士がスーツを着るように執事職を身にまといます」

「私どもがたどりうる最善の道は、賢く高潔であるとみずから判断した雇主に全幅の信頼を寄せ、能力のかぎりその雇主に尽くすことではありますまいか」

 

 

<人生の総括>

私はダーリントン卿にお仕えしたことで、この世界という車輪の中心に、夢想もしなかったほど近づくことができたのです。私は三十五年の歳月をダーリントン卿に捧げました。そして、その三十五年間、私こそ真の「名家に雇われて」いた執事だと申し上げてよかろうと存じます。これまでの執事人生を振り返るたびに、あの歳月にダーリントン卿のもとで成し遂げた諸々のことが、私に最も大きな満足感を与えてくれます。卿にお仕えできたことを私は誇りに思い、卿に対しては、私をお使いくださったことへの感謝しかありません。

 

あのときああすれば人生の方向が変わっていたかもしれない――そう思うことはありましょう。しかし、それをいつまでも思い悩んでいても意味のないことです。私どものような人間は、何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体にみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。