Zen. KANZOやINAZOの系譜を継ぐ英文著作。
DAISETSU曰く「一読すれば、大体、近代的に禅の何たるかを知得することができる」。
たびたび挿入される気違い禅問答が論理を打ち砕く。
おそらく禅には、つまるところ、何の不思議もないのであろう。何一つかくすところなく、すべてがあなた方の眼前にある。もしあなた方が食事をとり、衣服をととのえ、野良で働いて米なり野菜なりを作るならば、それであなた方はこの世でなすべきことのすべてをなしているのであり、無限はあなた方の中に実現しているのである。
禅は詩である、哲学である、道徳である。生命の活動のあるところ、どこにでも禅がある。われわれが、生命は何かの制約を受けているなどと考え出さないかぎり、禅はわれわれの経験の一つ一つの中にある。
インドの形而上学的なシューニヤター(空)から中国の禅へ、悟りが、あらゆる迷妄から脱する術が、
仏教あるいはあらゆる宗教の真髄が、Zenにはある。
二元の生を捨て、
問いも問う者の別のない原初へ、自己の存在の本性へ還ろうではないか。
禅の話はいつしか善・愛の話へ。いささか飛躍しすぎた感もあるが、
禅の極意・主客合一について思いをめぐらせば大丈夫。禅善気にしないフリしてもほらキミに恋してる。