評価:B
歴史の冷徹な記録者・吉村昭が零戦の生涯を克明に描く。
開戦時は圧倒的な航続力・格闘力で米英中の戦闘機を屠りに屠った零戦。その蔭には数多の人間の苦闘があった。
海軍の過大な性能要求と闘いながら試行錯誤した堀越二郎ら技術者。その改良・量産・輸送にたずさわった軍需会社社員、勤労学徒。その運用・活躍を支えた軍人。
戦争に注がれた膨大なエネルギーの姿を見た。
牛車で零戦を輸送するなど、滑稽なくらいの光景がまじめな顔をして繰り広げられるのが戦争なのだ。
堀越たちは、まばゆく光る実機の構造部に、一つの生命が誕生しつつあることに胸のうずくような感動を感じつづけていた。
かれらにとって、すでにそれは「物」ではなく、生命のやどりはじめた一つの生き物として感じられていた。しかもその姿態は優美で、内部には、精密な機能が豊かにひめられている。それは、未完成ながら気品のある生命とも感じられた。
……史上初の単座戦闘機による大渡洋作戦が開始されたのだ。
(中略)
果てしなくひろがる海洋の上を、戦爆連合の大編隊が爆音をとどろかせて進む。堀越二郎を設計主務者とする零式戦闘機群と、本庄季郎を設計主務者として製作された九六式、一式陸上攻撃機群と、すべてが三菱重工業名古屋製作所の設計陣の手になる機の大編隊だった。そして、その攻撃作戦は、日本の航空工業技術とアメリカのそれとの接触でもあったのだ。