智恵子抄 (280円文庫) [文庫]
著者:高村光太郎
心を蝕まれていく妻・智恵子を見つめつづけた夫・光太郎の詩集。高村光雲の息子であることはいうまでもない。『道程』と『レモン哀歌』が有名か。光太郎は語る。
“智恵子が結婚してから死ぬまでの二十四年間の生活は愛と生活苦と芸術への精進と矛盾と、そうして闘病との間断なき一連続に過ぎなかった。彼女はそういう渦巻の中で、宿命的に持っていた精神上の素質のために倒れ、歓喜と絶望と信頼と諦観とのあざなわれた波濤の間に没し去った。”
詩集の中から良さげなものをチェキラウ。
●おそれ
あなたは女だ
男のやうだと言はれてもやはり女だ
あの蒼黒い空に汗ばんでゐる円い月だ
世界を夢に導き 刹那を永遠に置きかへようとする月だ
中二にあらずんば詩人に非ず。
●深夜の雪
しんしんと積もる雪。窓外と室内の対比。
●愛の嘆美
底の知れない肉体の慾は
あげ潮どきのおそろしいちから――
なほも燃え立つ汗ばんだ火に
火龍(サラマンドラ)はてんてんと躍る
あらゆる差別は一音にめぐり
毒薬と甘露とは其の筐を同じくし
堪へがたい疼痛は身をよぢらしめ
極甚の法悦は不可思議の迷路を輝かす
なんかエロくね?
●樹下の二人
あれが阿多々羅山、
あの光るのが阿武隈川。
ふたりで北国の松風に吹かれているさまが想像できます。
●あなたはだんだんきれいになる
をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか
年で洗はれたあなたのからだは
無辺際を飛ぶ天の金属。
●あどけない話
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
有名だよね。
●風にのる智恵子
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ
光太郎…(;ω;`)
●レモン哀歌
智恵子が死の間際にがりりと噛んだレモン。
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
智恵子はほんとうの自分に戻れたのだろうか…。
●梅酒
七年の狂気は死んで終つた。
智恵子の病との戦いももう終わり、光太郎だけが残された。