【概要】
著者(監督):吉村昭
吉村昭前中期の歴史小説を5篇集めた。全体的にマイナーな人物が多い。だが、そういった地味で日陰の人々のとるに足りない生業のなかに、この世の真実がある。
すべて異国や異物との邂逅という点で共通している(一般的に物語とはそういうものだが)。
『磔』は一見遠藤周作っぽいが、進行や人間ドラマの要素は丹念に排除され、冷徹に作業が進行していく。『三色旗』ではオランダ人救出作戦が、『動く牙』では水戸浪士の通過地域の諸藩の狼狽と友情が描かれる。
『洋船建造』は条約締結や新船建造を淡々とした筆致で描くが、いっぽうでロシア士官たちと幕府の役人たちの交流も挿入する。こういった抑制した文体がいいんだな。
お役人、板挟みのひとが多くて同情する(大概の人は何かの間で板挟みになっているものだが)。
【詳細】
<メモ>
〇磔
- 「かれは、ふとその少年を救うことによって、切支丹囚人を処刑せねばならぬ精神的な苦痛からのがれたいと思った」
- そんな八三郎の夢想もむなしく、淡々と凄惨に進行する磔刑。レオ烏丸、ヨアキム榊原などのマンション名的洗礼名が面白い。
〇三色旗
〇コロリ
〇動く牙
- 上洛すべく快進撃を続ける水戸浪士。北陸諸藩はかれらとの衝突を恐れるが、幕府のお咎めも怖い。「粉骨砕身専討取中に御座候」と連絡するとか、民間人が見逃し代を上納したことにするとか、人間味あふれる対応を試みる。
- しかし事ここに至っては、腐っても武士ということで臨戦態勢に。講和交渉のさなかで友情のようなものが芽生え、寛大に扱うよう幕府に頼んだが…。残念ながら賊徒の大量処刑が決行された。
- 「刀がひらめき、血が飛び散る。刑場は血におおわれ、穴からは血から湧く湯気がゆらいでいた」
〇洋船建造
<解説>
吉村昭の文学は、初期短篇、戦史小説、歴史小説と、一見まったく異質な方向への変転を遂げてきたように見えながら、その底を貫く本質は変っていない。要するにそれは、肉体と死を通して裸のままの人間の姿を見つめる眼である。その眼によって見られたものだけでなく、そういう眼を身につけることやその働きまでが、同じ乾いた眼によって簡潔な言葉に移されるのである。