【概要】
著者(監督):吉村昭
沖縄戦にて鉄血勤皇隊となった少年兵の三か月。衛生兵のお手伝い的なポジションで従軍した。だぶだぶ軍服に袖を通した面映ゆさとか、少年らしい戦争への憧憬と昂ぶりとか、淡々とした無惨な死体の描写とか、戦争が日常になっていく描写とか、泥濘や排泄物や膿汁や蛆や虱やはみ出た内臓とか、夜空に光る蛍や星空や照明弾とか、幸か不幸か五体満足のまま沖縄南部を彷徨する不安感とか、醜い戦争の実相のなかに時折のぞく人間のやさしさとか、女学生の見せる強さとか…。吉村昭節やね。
【詳細】
<メモ>
真一は、雨に打たれている島袋の腹部からはみ出した内臓をみつめた。今まで長い間接してきた島袋の体の中に、そのようなものが包蔵されていたことに、真一は奇異なものを見るような驚きをおぼえた。そして、自分たちの眼に、そんなものをさらしている島袋の哀れさが、胸の中に堪えがたい苦痛となってひろがった。
いつの間にかかれは、自分の体に寄生している虱という生き物にかすかな親しみに近いものを感じるようになっていた。虱が這いまわり産卵をつづけていることは、自分の肉体が生きている証である。それに、壕内で無心に時間をすごさせてくれる虱の存在に、好ましいものも感じていた。
熱した頭に、さまざまな映像が脈絡もなく次から次へと浮んでは消えてゆく。
「一中健児は、全員死ね」という絶叫が、耳もとで何度もくり返しきこえている。
大きな軍服につつまれた友人たちの誇らしげな顔。
「斬込む――」と、後手にくくられながら泥の上をころげまわっていた娘たちの姿。戦場を駈けまわるようになってからわずか八十余日だが、五年も十年も時間が経過しているように思える。その間に接した多くの人々の顔が、眼の前に浮び上った。それらの人たちは、その折々に生々しい印象をかれにあたえたが、すべて死の色にかたく塗りこめられている。友人たちはほとんど死に絶え、最後に会った仲地も、おそらくせまい珊瑚礁にふちどられた海岸で死体となって横たわっているにちがいない。それらの死顔は、無心に笑っている。かれらは、おびただしい黒点となって夕焼けた積乱雲の峰の中に没していったのだろう。