【概要】
著者(監督):長田弘
「あなたは言葉を信じていますか」「もっとも単純なことが、いまはもっともむずかしいのだ」――。平易な言葉で世界の隠された窓を開く手伝いをする。
『あのときかもしればい』『ファーブルさん』『ふろふきの食べかた』あたりが印象的だった。料理ネタが多い。
【詳細】
最初の質問
時代は言葉をないがしろにしている――あなたは言葉を信じていますか。
原っぱ
原っぱには、何もなかったのだ。けれども、誰のものでもなかった何もない原っぱには、ほかのどこにもないものがあった。きみの自由が。
あのときかもしれない(四)
子どものきみは、ある日ふと、もう誰からも「遠くへいってはいけないよ」と言われなくなったことに気づく。そのときだったんだ。そのとき、きみはもう、一人の子どもじゃなくて、一人のおとなになってたんだ。
ライ麦の話
みえない根のおどろくべき力にささえられて、はじめてたった一本のライ麦がそだつ。
何のために?
ただ、ゆたかに、刈りとられるために。
静かな日
たのしむとは沈黙に聴きいることだ。
木々のうえの日の光り。
鳥の影。
花のまわりの正午の静けさ。
ひつようなもののバラード
もう一杯のコーヒー。
二ど読める本。
三色の巷。
ファーブルさん
目を開けて、見るだけでよかった。
耳を澄ませて、聴くだけでよかった。
どこにでもない。この世の目ざましい真実は、
いつでも目のまえの、ありふれた光景のなかにある。
少女と指
歩くことが、読むことなのだ。街を歩く。街を物語として読んでいる。微笑一つ、みごとな短篇なのだ。
ひそやかな音に耳澄ます
日々に音をつくりだすのが文明のありようであるなら、文化というのは静けさに聴き入ることだとおもう。もっとも単純なことが、いまはもっともむずかしいのだ。
言葉のダシのとりかた
鍋が言葉もろともワッと沸きあがってきたらきたら
火を止めて、あとは
黙って言葉を漉しとるのだ。
言葉の澄んだ奥行きだけがのこるだろう。
ふろふきの食べかた
自分の手で、自分の
一日をつかむ。
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それから、確かな包丁で
一日をざっくりと厚く切るんだ。
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そうして、深い鍋に放りこむ。
底に夢を敷いておいて。
冷たい水をかぶるくらい差して、
弱火でコトコト煮込んでゆく。
自分の一日をやわらかに
静かに熱く煮込んでゆくんだ。
こころさむい時代だからなあ。
自分の手で、自分の
一日をふろふきにして
熱く香ばしくして食べたいんだ。
熱い器でゆず味噌で
ふうふういって。