Javaさんのお部屋・改

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

項羽と劉邦

著者:司馬遼太郎
評価:A

【評】
「鴻門の会」「背水の陣」「四面楚歌」などでおなじみ、
両雄と群雄たちの、蜥蜴が龍になるまでの物語。

天下を治める人望とめしの重要さを、
俠とアジア的個のすがたを、学び取れ。
シヴァお得意の編年×紀伝体スタイルなので、三歩進んで一歩下がる感じ。

名家のDQNで、親類とダチに優しい、吝嗇で感情的な、脳筋生き埋めマイスター項羽
村のチンピラで、粗にして野だが卑ではない、寛大正直、あっさりのんき、空っぽラッキーおぢさん劉邦
いろいろな登場人物の視点で描写される魔王と竜王のすがた。キミは、どっちに賭ける?


~司馬文体のススメ~

●「おもう」「いっていい」「あるまいか」
●ひらがな・読点の適度な使用
●話の脱線、「~ことはすでにふれた」
●「」()の次の行で「と、いった/と、おもった」
●控えめな濡事シーン
たれ

これらを駆使して、司馬っぽく再現してみた。

この大陸にあっては、用兵・補給・戦略・計略の雄大さがけたちがいである。
何十万もの軍や流民が広大な大陸をあるくさまは、ここ中国だけに見られるものではあるまいか。
(――魔王だろうが竜王だろうが、わしを食わせてくれる者が王だ)
と、兵も民もおもっている。

兵道の要諦は、補給と民心の収攬にある。
その点、項羽と劉邦は対極にあるといっていい。
そのちがいが、この男のあたまに冠を載せたのかもしれない。

ついでながら、
かのチェ・ゲバラも、物資徴発のときには代価を払い、きびしい軍紀を敷いたということにふれておきたい。
二千年のむかしも、現代も、人の世は変わらないらしい。

項羽の徳は、滔々と水があふれる瓶であった。なるほど巨大な瓶ではあるが、たれもそのなかには入りこめない。押し流されてゆくばかりである。
いっぽう劉邦の徳は、からっぽの壺であった。その壺は、底が見とおせないほどふかい。このふしぎさ、おもしろさがこの愚者に天下をあたえたのかもしれない。
いってしまえば、このようになろう。

終盤になってから、劉邦のうってきた布石がかがやきはじめる。
戦乱の世がおわり、前後あわせて四百年つづく新王朝がはじまる。

いままで漢王は物事を積みあげてきた。戦えば負けつつも外交に力を用い、天下の弱者、天下の不平家、天下の欲深者を洩れなく連携し、それらによって広武山上の一カ年の対峙でもわかるように、ようやく項王と互角で戦えるまでになった。

劉邦の弱者としての政略や戦略の布石が、ようやく生きはじめたのである。
(中略)
「わしはすでに百敗してきた」
敗れれば敗れるほど劉邦の兵がふえるというのは、張良などの苦心があったとはいえ、劉邦のふしぎな徳というほかはない。

劉邦項羽を怖れながらも、心のどこかでこの敵になにごとかを感じつづけてきた。
(中略)
鴻門の会のころを想うにつれ、項羽のあの独特の人の好さと、奇妙なほどの人情深さにふしぎさを感じたりしている。