Javaさんのお部屋・改

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

みだれ髪


著者(監督):与謝野晶子 監修:松平盟子

【概要】
情熱的・肉感的な三十一文字を聚めた。聖と俗、夢と現の両極を激しく行き来する心情日記とも読め、著者のあつきちしほを感じさせる。

【詳細】
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

とき髪に室むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色よ

夜の神の朝のり帰る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

たまくらに鬢のひとすぢきれし音を小琴と聞きし春の夜の夢

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき

小草いひぬ『酔へる涙の色にさかむそれまで斯くて覚めざれな少女』

ゆあみする泉の底の小百合花二十の夏をうつくしと見ゆ

みだれごこちまどひごこちぞ頻なる百合ふむ神に乳おほひあへず

くれなひの薔薇のかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな

今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり

みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす


乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬそこなる花の紅ぞ濃き

ゆあみして泉を出てしやははだにふるるはつらき人の世のきぬ

くだり船昨夜月かげに歌そめし御堂の壁も見えず見えずなりぬ

明くる夜の河はばひろき嵯峨の欄きぬ水色の二人の夏よ

おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合

いはず聴かずただうなづきて別れけりその日は六日二人と一人

星となりて逢はむそれまで思ひ出でな一つふすまに聞きし秋の声

京の鐘この日このとき我れあらずこの日このとき人と人を泣きぬ

聖書だく子人の御親の墓に伏して弥勒の名をば夕に喚びぬ

おもはずや夢ねがはずや若人よもゆるくちびる君に映らずや

わがいだくおもかげ君はそこに見む春のゆふべの黄雲のちぎれ

胸と胸とおもひことなる松のかぜ友の頬を吹きぬ我頬を吹きぬ

詞にも歌にもなさじわがおもひその日そのとき胸より胸に

二十とせの我世の幸はうすかりきせめて今見る夢安かれな

なさけあせし文みて病みておとろへてかくても人を猶恋ひわたる

このあした君があげたるみどり子のやがて得む恋うつくしかれな

くろ髪の千すじの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

夏花に多くの恋をゆるせしを神悔い泣くか枯野ふく風

道を云はず後を思はず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る

罪多き男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ

病みませるうあじに繊きかひな捲きて熱にかわける御口を吸はむ



監修者曰く、晶子の歌の特長は、「そのひとつが鮮やかな色彩感覚と映像感覚であり、もうひとつがロマンティシズムだった」。
そう彼女は、「恋の激情が煽る極彩色の輪舞」を歌にし、「エロティシズムの聖と俗の両極を往還し、双方において煌めく作品を残しえた人だった」。

己の価値観と美意識に対する矜持と拭いきれぬ背徳感。
テンポよく繰り出される言葉のキレ、対句が光る詩的空間。
肌、髪、湯などの言葉からは、「私のこの若く熱くはちきれんばかりの身体をみてみなさいよッ!!!」という気迫を感じる。
「神」などの言葉の解釈い惑うが、過剰な解釈は不要。
未だ封建的な時代でここまで魔力を解放したのは尊敬に値する。

簡易評伝も面白い。
うつむきかげんの幼少時代、忙しさの中で古典や恋に憧れた少女時代、友でありライバルの登美子との恋のトライアングル、鉄幹との結婚、パリ旅行、夫の苦悩と葛藤、源氏現代語訳、そして死。