Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

栄光の岩壁


著者(監督):新田次郎

【概要】
タケタケの血まみれリハビリと再起が胸を打つ。就職と結婚で一時弛緩するも、やはり彼は山に憑かれた山バカであった。海外遠征の痛々しい死闘を経て、栄光と寂寥のラストへ。こうはなりたくない。

【詳細】
「ほんとうのアルピニストには不可欠な条件が4つある。第一は健康な肉体だ、大には意志の鞏固であること、そして第三の条件は謙虚であるということだ」(中略)
「そして第四の条件は」
「情緒だ」

<第一章 傷ついた戦後派>
腕白、津沼、敗戦、困窮、熱中、遭難、凍傷。
文字どおり血の滲む、いやほとばしるリハビリが始まる。

医師の鋸が右足の甲の丁度なかほどあたりの骨に触れているのがはっきり分った。切られているその部分が痛いという感じよりも、なにかの機械を彼の足に当てて、そこから、彼の右足の骨と、それにつながっている背骨を引きずり出そうとしているような痛みを感じた。

右足は踵が残ったが、それは足ではなかった。脚の先に踵が二つついたような格好のものだった。彼の体重を支える足の裏の平面部はいちじるしくその面積を縮小した。左足にしてもおかしなものであった。踵のない、指のない足は、これもまた足としての用はなさなかった。だが、左足には足の裏が半分あった。

少しでも立とうとすると、激痛が身体中を走り、そして出血した。

でも…
山へもう一度でいいから行ってみたいと思った。歩けはしない。だが、山を見ることはできる。山を見たい。

「おれはやるぞ、おれは逃げないぞ」
岳彦は岩に向って宣言した。

タケタケの血まみれリハビリと再起が胸を打つ。

<第二章 山に賭けた青春>
足のハンデをものともせずに「青春を山に浪費」し、人生の落伍者となっていくタケタケ。
冬山籠もり。吉田、松田、辰村、谷村、涸沢貴族(伯爵・元帥・熊襲)そして津沼。いろいろな山男との出会いがあった。
泥棒ほら吹き厚顔無恥の津沼が話を転がすんだなこれが。

ほとんど東京に帰ることなしの山から山への巡礼がつづいた。岩壁から岩壁への巡礼といってもいいほどであった。七月中旬には剣岳のチンネに登り、その月の終りには北岳の胸壁を登った。八月には涸沢にやって来て、滝谷の岩壁に片っぱしから挑戦して行った。

「やりたいんです。とことんまでやってみたいんです。とにかく、いまぼくが一生懸命になれるものと言ったら岩壁しかないんです。岩壁を見ていると、じいんと胸が熱くなって来るんです」

<第三章 結婚>
就職、講演行脚、津沼、そして美しすぎる運動具店店主との結婚。

フリッシュに就職して会社員としての生活が始まると、急に彼の周囲に女性が現われて来たように思われる。

だいたいきさまは女の来ているものなどには無関心な奴だが、その君が、恭子さんの洋服の柄を覚えていたということは普通でないということだ。

「恭子さん、ぼくはあなたに……」
惚れたという直截的な言葉でもいい、参ったでもいい、好きでもいい、愛だの恋だのという言葉を使わないでもいいから、何かひとこと彼の意志を彼女に示すべきだった。

彼は恭子の髪のにおいを嗅いだ。その髪のにおいが彼を逆上させた。においが彼の全神経系統を縦に走ったとき、彼の両手は狂暴に彼女を抱きしめていた。彼女がかすかな声を上げたが、それさえも彼には聞えなかった。彼は、そんな自分が自分の中にいたことさえ気がついていなかった。身体中が火になった。それまで押えに押えていた激情が一度に炎となって燃え上がったように思われた。もうそれを消す術はなかった。いかなることがあっても、彼の胸の中にあるものを放すこともできなかった。
「好きなんだ。結婚して下さい」

もちろん山もね。
ヨーロッパアルプスに登れるという夢を描いて、その準備に一生懸命だった、ごく短い期間のあのはち切れそうにふくらんだ自分の気持ちを思い出すと、どうにかして、海外の山に登ってみたいと思うのである。

<第四章 二つの北壁>
家族と仕事を持っても、山は彼を捨てなかった。
「お母さん、あの人に渡航費を出して上げて下さい。あの人をこのままにして置けば駄目な人間になってしまいます。お願いですから六十万円ほど出してやってください」

そして二度目の海外遠征、二つ目の北壁へ。春雄は放置。
体調、氷の状態、天候、その他すべてを総合して表面に出てくるその勘を彼は信じた。

脂汗が全身から噴き出した。足の痛さは脚部にまで達した。だが登らなければならなかった。ここまで来ると下降は不可能だった。生きるためには登らなければならなかった。

シュタイク・アイゼンの牙を氷壁に蹴込むとき眼がくらむような痛みが岳彦の全身に走った。その度に血が噴出した。
出血多量で倒れるか、この尊い血で勝利を得るか、それは賭のようなものであった。(中略)
絶望は敗北であった。悲観は絶望の前提だった。
3人の死に遭遇し、人並の生活をなげうった。
痛々しい死闘を経て、栄光と寂寥のラストへ。
はっきりと彼自身に言えることは、もしあの茅野市のうら淋しい病院の手術室で、足を切断しなかったならば、おそらく彼は別な道を歩いていただろうということだった。

これ、実話なのがすごい。

下記の登山用語はいつか調べたい。
チムニー、チンネ、ゲレンデ、バイル、ピッケル、トラバース、カンテ、テラス、モルゲンロート、ピッチ、ガリー、、雪陵、雪田、ルンゼ、アイゼン、アンザイレン、ハーケン、ザイル、ラッセル、オーバーハング、ステップ、インゼル、ビバーク、リンネ…。