評価:B+
【評】
悶々とした日々を送る高等遊民的青年・時任謙作が、
自己の出生の秘密、妻の不貞に苦悩し、己の内でそれらを消化(昇華)するまで。
或る処で諦める事で平安を得たくない。
諦めず、捨てず、何時までも追求し、その上で本統の平安と満足を得たい。
(中略)
自分はそういう平安と満足とを望む。
嘗て人の見た事のないものを見、
嘗て人の聴いた事のない音を聴き、
嘗て人の感じた事のないものを感ずる。
そう、彼は「本統」の生活をいつも探し続けていたのだ。
本統にあったのだ。
本統の生活は…。本統の自分は…。
ふとした言動や、とりとめのない心情の描写に、志賀直哉の真骨頂を見た。
日常生活のふとしたことを文字に起こし、心のひだを写し取る。これがナオヤだ。しがない親だ。
ユキオに言わせれば、「或る小説がそこに存在するおかげで、どれだけ多くの人々が告白を免れてゐることであらうか」といふ奴だ。
あとがきでは、本作のメイキングが詳しく語られる。
謙作の行程を追いながら、
1920, 30年代の尾道や京都の町並みを頑張って想像してみた。
謙作の妄想に劣らぬくらい鮮やかに。