【概要】
著者(監督):梯(かけはし)久美子
死について 死は僕を生長させた
愛について 愛は僕を持続させた
孤独について 孤独は僕を僕にした原民喜『鎮魂歌』
作家・原民喜の評伝。俗世で生きるのにこの上なく向いていない「その繊細な精神は、過酷な運命を生ききった」。死者は生者の記憶のなかで生きる。
文学の芽を育んだ幼少年期、妻との想い出、原子爆弾の言語に絶する記憶、遠藤周作と祐子との想い出…静謐で透明な、弱くも強いその人生は今なお人の胸を打つ。
愛する死者をいわば“聖別”することにを生涯を通じて行ったのが原という作家である。
それは、父と姉、のちには妻という、かけがえのない愛情の対象をみな喪ってしまった原が、もろく繊細な心を支えるために行った文学的営為といえるかもしれない。
【詳細】
『羊と鋼の森』にちょこっと取り上げられていたのが民喜を知ったきっかけ。
なにより奥様が素晴らしすぎるんだな。そしてずっとその俤を結晶化させていった民喜も。
「その時、かたはらに妻がゐると云うことがもう古代からのことのやうに思へた」
「自分の使ふペンの音とか、紙をめくる音のなかに、いつのまにやら、ふと若い日の妻の動作の片割れが潜んでゐる」
民喜、ハイパーコミュ障。自分が目じゃないくらいの。
昔、僕は人間全体に対して、まるで処女のやうに戦いてゐた。人間の顔つき、人間の言葉・身振・声、それらが直接僕の心臓を収縮させ、僕の視野を歪めてふるへさせた。一人でも人間が僕の前にゐたとする、と忽ち何万ボルトの電流が僕のなかに流れ、神経の火花は顔面に散つた。僕は人間が滅茶苦茶に怕かつたのだ。いつでもすぐに逃げだしたくなるのだつた。しかも、そんなに戦き脅えながら、僕はどのやうに熱烈に人間を愛したく思ってゐたことか。
<目次>
序章
Ⅰ 死の章
一 怯える子供
二 父の死
三 楓の樹
四 姉の死
Ⅱ 愛の章
一 文学とデカダンス
二 左翼運動と挫折
三 結婚という幸福
Ⅲ 孤独の章
一 被 爆
二 「夏の花」
三 東京にて
四 永遠のみどり
主要参考文献
原民喜略年譜
あとがき