評価:B+
【評】
達治がいろんな近代詩を紹介する。
「私が以前から幾年かの間に、その折々詩を読んで覚えた感動(あるいは感興)を、あらまし、とり急ぎ列挙したということになるでありましょう」。
詩を読み詩を愛するものは既に彼が詩人だからであります。既に彼は詩人でありますから、独りで合点し独りで納得することを喜ぶでしょう。
蒲原有明『茉莉花』
茉莉花の夜の一室の香のかげに
まじれる君が微笑みはわが身の痍を
もとめ来て沁みて薫りぬ、貴にしみらに。
高村光太郎『雨にうたるるカテドラル』
おう又吹きつのるあめかぜ。
出来ることならあなたの存在を吹き消して
もとの虚空に返さうとするかのようなこの天然四元のたけりやう。
けぶつて燐光を発する雨の乱立。
あなたのいただきを斑らにかすめて飛ぶ雲の鱗。
鐘楼の柱一本でもへし折らうと執念くからみつく旋風のあふり。
薔薇窓のダンテルにぶつけ、はじけ、ながれ、羽ばたく無数の小さな光つたエルフ。
しぶきの間に見えかくれるあの高い建築べりのガルグイユのばけものだけが、
飛びかはすエルフの群を引きうけて、
前足を上げ首をのばし、
歯をむき出して燃える噴水の息をふきかけてゐます。
山村暮鳥『雨の詩』『秘密』『母と子』
『落葉』
ああこの艶やかな色の目覚しさ
まるで誰か貴い人達が
沓をぬぎ捨てて
素足で去つた
夢のシインのあとのやうな静かさ
中川一政『秋思』
夜十二時
くらき空はきみがねむれるうへに垂れ
星はしろくまよなかを領ず
わがとほきこひ人よ
ねざめてこの大空をのぞめと
こころに念ずるとき
なみださうばうにながれき
大木惇夫『をさなかれとも』
をさなかれともねがはぬに
などかをさなきわがこころ、
柑子の梢にのこる果の
いつまで青きわがこころ。
佐藤一英『友どち』
うたの節、竹馬の節ラップじゃねえか。
うぐひすを訪ねし昔
梅もどき美赤かりし
埋もれし誰がこころざし
堀口大学『朝のスペクトル』
『夕ぐれの時はよい時』
夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。
丸山薫『家』
竹中郁『枇杷即興』『つばめ』
津村信夫『冬の夜道』
伊東静雄『夕映』『自然に、充分自然に』
萩原朔太郎『女よ』
うすくれなゐにくちびるはいろどられ
粉おしろいのにほひは襟足に白くつめたし。
女よ
そのごむのごとき乳房をもて
あまりに強くわが胸を圧するなかれ
また魚のごときゆびさきもて
あまりに狡猾にわが背中をばくすぐるなかれ
女よ
ああそのかぐわしき吐息もて
あまりにちかくわが顔をみつむるなかれ
女よ
そのたはむれをやめよ
いつもかくするゆゑに
女よ 汝はかなし。