【概要】
著者(監督):早坂隆
知る人ぞ知る樋口季一郎。杉原千畝の陰に隠れがちであるが、一部界隈ではオトポール事件で中心的役割を演じたことでおなじみ。「参謀長、ヒットラーのお先棒を担いで弱い者いじめをすることを正しいと思われますか」の言葉が流布しているが、実はオトポール事件は彼の人生の一面に過ぎず、北部軍の指揮官としての日々(アッツ島玉砕、キスカ島撤退、占守島防衛)の方が彼の心には残っていた模様。多才な国際人の一面もあれば抑制的な知性もあり、穏和かつ毅然とした「世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人」がいた事実を心に刻んでおきたいと思うのである。
淡路、大阪、東京、ウラジオストック、ハバフロスク、朝鮮、ポーランド、静岡、福山、ハルビン、金沢、札幌、宮崎、神奈川、いろんなところ転勤・転居しすぎだろ。でも、そのことが彼の公平かつ幅広い視野を養ったのかもしれない。取材でイスラエルに行ったり、彼の親族に会いに行ったり、不自然に聖人化せず、多面的かつ一人の人間として樋口季一郎を描出しようとしたところに著者の心意気を感じた。曰く、「事実から一人歩きして『神話化』した部分を丁寧に削ぎ落とした上で。樋口の遺した史実を少しずつ理解していきたい」。
彼、検索しても意外なほどヒットしないのが残念。でもロシアが暴走している今、再評価されているとか。とりあえず☟読んでみ。軍人だと他にも今村均に興味がある。
☟写真が豊富。
www.nippon.com
https://intojapanwaraku.com/culture/159110/
【詳細】
<目次>
- 序章
- 第1章 オトポール事件の発生
- 第2章 出生~インテリジェンスの世界へ
- 第3章 ポーランド駐在~相沢事件
- 第4章 オトポール事件とその後
- 第5章 アッツ島玉砕
- 第6章 占守島の戦い
- 最終章 軍服を脱いで
<メモ>
- テオドル・カウフマン「樋口は世界で最も公正な人物の一人であり、ユダヤ人にとっての真の友人であったと考えている」
- 三女・不二子「父は軍人としてというよりも、優しいお父さんとしての印象の方が強く残っています。家では怒ることもありませんでしたし、いつも楽しい人でした」
- 姪・巳代子「威厳の中に慈愛が満ちて居られた」
- 少尉時代の訓練風景とか、家族との一家団らくとか、俘虜収容所の運営とか、掘れば掘るほど人格者エピソードが発掘されるのが素晴らしい。あまり誇らしげに語らないのもダンディズムに溢れていて良い。と思いきや「ユダヤ人の件はね、いつか必ず大変なことになるぞ」と孫には胸の内をポツリと語っていたのも完璧すぎずいい感じ。
- 大本営や指揮官側の苦悩とか、善悪の二元論だけで片付けられない人間社会や心理の複雑さとか、あまり顧みられないところについてもページを割いているのが好評価。
- 石原莞爾、東条英機、山下奉文などのビッグネームがポツポツ出てくる。