【概要】
著者(監督):山田詠美
ちょっとヘンで訳ありの男女の、ちょっと肉感的な短篇集。肉体労働者を主人公に、リアルな味覚・触覚が紙面から漂う。部屋のちょっとした小物や料理の描写が感覚を刺戟する。
「憐みに肉体が加わると恋になる」「たったひとりだけ、いやといいは同じ意味になるんだよ」などの著者一流の刹那的・感覚的な文体が興味深い。
【詳細】
「肉体の技術をなりわいとする人々」を、
「あえて名付けるなら描写欲とでも呼びたいような摩訶不思議な欲望」をもって、
「好き好き好き、と登場人物に言い続け」ながら描いた6篇。
食欲と性欲が渾然一体となった熱情。なさそうでちょっとありそうな話たち。
<つまみぐい引用>
「部屋に満ちて来た幸福の水位は上がる」
「いつのまにか欠けたカップの縁。インクの出なくなったボールペン」
「加代が好きだと頬ずりするのは、だらしないまま股間にぶら下がったものだ」
「カレーの隠し味に黒砂糖やインスタントコーヒーを使ったり、炒り玉子をかき混ぜるのに四本の菜箸を使ったり、茶漉しでふるった粉砂糖でパンケーキに化粧したり、すごいや、女の子の才能をフル活用してる。なんて、そんなことを言われると涙が出そうになる」
「私の心は、ますます彼に傾いている。憐みに肉体が加わると恋になる。そこには、かけがえのないもの哀しさが生まれ出づる」
「彼を待ちわびた分だけ、大根は飴色を深くして、私は、今も、ここにいる」
「たったひとりだけ、いやといいは同じ意味になるんだよ」
「過ぎ去った夏は、幼ない頃の私だけものだ。今の私のものじゃない」