鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) [文庫]
著者:谷崎潤一郎
評価:B
カタカナでつけた日記という体裁を同じくする表題二作を収録。特に後者には谷崎文学の精華を見た。
著者は、登場人物の駆け引き、膠着状態の場面を創出するのが上手い。
文法的に明晰な文章も手伝って カタカナの割には読みやすく感じた。
●鍵
相手に盗み見てもらうために日記を書き、見ていないと自分の日記に書きつつも実は相手の日記を見ていた、とそんな設定だけですでに変態臭が俄かに漂ってくる。
日記の記述に嘘はないのだと読者も思い込んでしまうのがこの小説のミソ。
四人の登場人物が淫欲謀略戦を展開する。
なかなかきわどい。
著者:谷崎潤一郎
評価:B
カタカナでつけた日記という体裁を同じくする表題二作を収録。特に後者には谷崎文学の精華を見た。
著者は、登場人物の駆け引き、膠着状態の場面を創出するのが上手い。
文法的に明晰な文章も手伝って カタカナの割には読みやすく感じた。
●鍵
相手に盗み見てもらうために日記を書き、見ていないと自分の日記に書きつつも実は相手の日記を見ていた、とそんな設定だけですでに変態臭が俄かに漂ってくる。
日記の記述に嘘はないのだと読者も思い込んでしまうのがこの小説のミソ。
四人の登場人物が淫欲謀略戦を展開する。
なかなかきわどい。
妻ハ随分キワドイ所マデ行ッテヨイ。キワドケレバキワドイホ程ヨイ。僕ハ僕ヲ、気ガ狂ウホド嫉妬サセテ欲シイ。事ニ依ッタラ範囲ヲ蹈ミ越エタノデハアルマイカ、ト、多少疑イヲ抱カセルクライデアッテモヨイ。ソノクライマデ行クヿヲ望ム。
揃イモ揃ッテ陰険ナノガ四人マデモ集ッタトハ呆レル外ハナイ。ソシテ世ニモ珍シイ廻リ合セト云ウベキハ、陰険ナ四人ガ互イニ欺キ合イナガラモ力ヲ協セテ一ツノ目的ニ向ッテ進ンデイルヿデアル。ツマリ、ソレゾレ違ッタ思ワクガアルラシイガ、妻ガ出来ルダケ堕落スルヨウニ意図シ、ソレニ向ッテ一生懸命ニナッテイル点デハ四人トモ一致シテイル。………
●瘋癲老人日記
色ボケジジイの血圧がアゲ☝アゲ☝になる。『鍵』に比べると全編を通して明るい印象。前者を夜の物語とするならこちらは昼の物語か。女性の足が大好きなのはよくわかった。
岸・鳩山が出てくるところには時代を感じた。
「アタシノ掌ハヨク撓ウノヨ、ホントニ打ッタラ眼ガ飛ビ出ルホド痛クッテヨ」「ソレハ寧ロ望ムトコロ」「始末ニ悪イ不良老年、ジジイ・テリブル!」
彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ッタ。舌デユックリト味ワウ。ヤヤ接吻ニ似タ味ガスル。ソノママズルズルト脹脛カラ踵マデ下リテ行ク。意外ニ何モ云ワナイ。スルママニサセテイル。舌ハ足ノ甲ニ及ビ、親趾ノ突端ニ及ブ。予ハ跪イテ足ヲ持チ上ゲ、親趾ト第二趾ト第三趾トヲ口一杯ニ頬張ル。予ハ土蹈マズニ唇ヲ着ケル。濡レタ足ノ裏ガ蠱惑的ニ、顔ノヨウナ表情ヲ浮カベテイル。
「颯チャン! 痛イヨウ!」ト、覚エズ叫ビ声ガ出タ。ヤッパリコンナ声ハ本当ニ痛イノデナケレバ出ナイ。痛イ振りヲシタンンデハカクノゴトク真ニ迫ッタ声ハ出ナイ。第一彼女ヲ「颯チャン」ナンテ呼ンダコトハ一度モナイノニ、ソレガ自然ニ出タ。ソウ呼ベタコトガ予ニハ嬉シクッテ溜ラナカッタ、痛イナガラ嬉シカッタ。(中略)「颯チャン、颯チャン、颯チャンタラヨウ!」ソウ云ッテイルウチニ予ハワアワアト泣キ出シタ。眼カラハダラシナク涙ガ流レ出シ、鼻カラハ水ッ洟ガ、口カラハ涎ガダラダラト流レ出シタ。(中略)「ワア、ワア、ワア」気ガ狂ッタラ狂ッタデイイ、モウドウナッタッテ構ウモンカ、予ハソウ思ッタが、困ッタコトニ、ソウ思ッタ瞬間ニ急ニハット自省心ガ湧キ、気狂イニナルノガ恐クナッタ。ソシテソレカラハ明ラカニ芝居ニナリ、故意ニ駄々ッ子ノ真似ヲシ出シタ。「颯チャン、颯チャン、ワア、ワア、ワア―――」
彼女ガ石ヲ蹈ミ着ケテ、「アタシハ今アノ老耄レ爺ノ骨ヲコノ地面ノ下デ蹈ンデイル」ト感ジル時、予ノ魂モ何処カシラニ生キテイテ、彼女ノ全身ノ重ミヲ感ジ、痛サヲ感ジ、足ノ裏ノ肌理ノツルツルシタ滑ラカサヲ感ジル。死ンデモ予ハ感ジテミセル。感ジナイハズガナイ。同様ニ颯子モ、地下デ喜ンデ重ミニ堪エテイル予ノ魂ノ存在ヲ感ジル。或ハ土中デ骨ト骨トガカタカタト鳴リ、絡ミ合イ、笑イ合イ、謡イ合イ、軋ミ合ウ音サエモ聞く。何モ彼女ガ実際ニ石ヲ蹈ンデイル時トハ限ラナイ。自分ノ足ヲモデルニシタ仏足ノ存在ヲ考エタダケデ、ソノ石ノ下ノ骨ガ泣クノヲ聞ク。泣キナガラ予ハ「痛イ、痛イ」ト叫ビ、「痛イケレド楽シイ、コノ上ナク楽シイ、生キテイタ時ヨリ遥カニ楽シイ」ト叫ビ、「モット蹈ンデクレ、モット蹈ンデクレ」ト叫ブ。………