【概要】
著者(監督):宮本輝
タイのホテルの別館の8Fのプールの近くの蔵書棚の中で発見。出版が30年ほど前とやや古いが、タイの空気感や雰囲気が著者一流の観察眼で匂い立っている。物語はDEEPでDARKで淫靡な雰囲気の中、東南アジア的な気だるさを全体にまぶして、共産革命とか地下運動とか同性愛とか政争といった刺戟的な風味を添えた感じ。何かわかったようで何もわかっていないような、独特の形容しがたい読後感が印象的。
彼女は、そのあと小舟に乗り換えて、運河にひしめく物売りの女たちの群れに入った。それは、まさしく生命力の坩堝であった。貧困、刻苦、勤労、運命、虚偽、闘争、肉欲、物欲、慈愛、嫉妬……。それらがすべて笑顔に包含されて、ぶつかり、譲り合い、融合していた。すると、おそらく一瞬という時間の何千分の一秒という時間の中で、恵子の持つ清純なものと不純なものとが、入れ換わったのであった。
恵子は、なんだか不思議な歓喜に浮き立ち、私も逞しいのだと叫びそうになった。多くのいつわりの中で、たったひとつ間違いのないことがある。それは、サンスーンが私を愛しているということだ。これほどまでに私を愛してくれた人はいない。サンスーンの掌を、あんなにも汗で濡らせたものが何であったかは明白だ。サンスーンは何もかもを知っているのだ。私と野ロとの一夜も。それなのに、私を愛して、そして求めている。私は、サンスーンを包んであげよう。彼の掌の汗をぬぐい、たったひとりの、見返りを求めない同志になってあげよう。この、火に灼けたおばさんたちのように、私も、ぐうたらな夫の妻となって櫂を握ろう。恵子は、そう思うと、ますまず嬉しくなった。
世界のいたるところに、〈向こう側〉と〈こちら側〉とがあり、それはなにもタイだけの現象ではなかった。けれども、タイという国は、ことのほか〈向こう側〉と〈こちら側〉との境界は遠く、その境界を成すものは、多くの場合、運河であると恵子は知ったのである。
【詳細】
<目次>
- 第一章 薄墨色の目
- 第二章 人間の鱗
- 第三章 雨期の前
- 第四章 王宮広場
- 第五章 闘魚
- 第六章 水の道
- 第七章 漂流物
- あとがき
- 解説
<メモ>
タイあるあるが各所にちりばめられている。
- 「無数の鋭利なガラスの破片で忍び返しを成す高い塀」☜これはガチ
- ジム・トンプソンのタイ・シルク
- 「タイに来て三年たつが、タイ語を覚えようという気は全くなかった」☜これはガチ
- 生水NG
- 「頭は精霊の宿るところ」
- 「卑屈や寛容や当惑や、それ以外の意味不明の感情を演じ分ける目が、到底自分のかなわない相手であることを恵子はいやというほど思い知らされていた。そしてその目こそ、タイという国それ自体であるようにさえ思えるのである」
- 辛い物を食べて口の中が火を噴いたら「時を待つしかない」
- 「線香の立ち昇る赤や緑や金の色彩で飾られた祠」☜ほぼすべての敷地内にあるといっても過言ではない
- 「道からは昼間の熱気が発散しているのか、食べ物の腐った臭いと尿の臭気が鼻をついた」☜最近はマシかも?
- 「パタヤにでも行って、二、三日海辺で遊んで来たらいい」
- 「彼は、自分にまといつく倦怠の元凶が何であるのかに気づいた。目に見えない極めて微量な夢精が、とめどなく流れ出ている。それは、ときに性器からであったり、背中や胸や腹の毛穴からであったりする。 汗と一緒に、吐き出す息とともに、夜となく昼となく、夢精しつづけているのだ。それが、この国の魔法だ、と」☜この表現が的確かはともかく、痺れたね。
- 「タイ語は単語の最後が子音で終わるときは、それを発音しない」
- 「日本人て、タイに来たらすぐそれよ」