【概要】
著者(監督):
トーマス・ヘイガー 訳:渡会圭子
窒素固定化に多大な貢献をなしたハーバー・ボッシュ法でおなじみハーバーとボッシュ。19世紀以降の固定窒素(グアノやチリ硝石)利用の歴史から説き起こし、19~20世紀の化学大国ドイツを背景に、ハーバーとボッシュの生涯を交互に配置する。人口肥料の原料として人口増加を支えた半面、火薬や毒ガスとして戦争で使われ、また20世紀後半からは大気や河川など環境への悪影響があらわになった固定窒素。ドイツ人になろうと必死に精勤したハーバーの努力が晩年に全否定される哀しさ。時代の暗さもあるが二人とも人生の最後が陰鬱なところに科学技術のB面を感じる。
解説は主人公2人と同じくノーベル化学賞受賞者の白川秀樹。科学技術の功罪は長い時を経ないと判じかねるなあ。
【詳細】
<目次>
- はじめに 空気の産物
- 第I部 地球の終焉
- 1 危機の予測
- 2 硝石の価値
- 3 グアノの島
- 4 硝石戦争
- 5 チリ硝石の時代
- 第II部 賢者の石
- 6 ユダヤ人、フリッツ・ハーバー
- 7 BASFの賭け
- 8 ターニングポイント
- 9 促進剤(プロモーター)
- 10 ボッシュの解決法
- 11 アンモニアの奔流
- 12 戦争のための固定窒素
- 第III部 SYN
- 13 ハーバーの毒ガス戦
- 14 敗戦の屈辱
- 15 献身、犠牲、迷走
- 16 不確実性の門
- 17 合成ガソリン
- 18 ファルベンとロイナ工場の夢
- 19 大恐慌のなかで
- 20 ハーバー、ボッシュとヒトラー
- 21 悪魔との契約
- 22 窒素サイクルの改変
- エピローグ
- 解説(白川英樹)
<メモ>
これは空気をパンに変える方法を発明した二人の男の物語である。彼らは小都市と並ぶ規模の工場を建て、巨額の財を成し、何百万もの人の死に手を貸し、何十億もの人間の命を救った。
窒素の人工固定化までにけっこう筆を割く。
1900年には、地球上で使われている肥料の三分の二が、チリで生産されたものだった。
⇒チリは近代国家への参加費用を硝石で支払ったのだ。
ユダヤ人にとって、キリスト教の洗礼は「ヨーロッパ文化への入場券」だった。ハーバーはひたすら頑張った。
ドイツはヨーロッパ主要国のなかでは、最も若い国だった。土地の価値がなく、ヨーロッパの他の国のように植民地をもたず、天然資源は少なく(鉄と炭以外)、土地はやせ、冬は厳しく、東にロシア、西にはフランスとイギリスという大国の間に挟まれていた。しかし科学という力は豊かだった。国家、皇帝、将来、規律、そして科学への信頼があったからこそ、ドイツは世界で存在感を示すことができたのだ。
原料となる気体が、ヒーター、リアクター(反応装置)、循環システム、冷却器へと至る過程の、すべての接続、バルブ、ポンプ、測定器、密閉や調節のための部品のすべてが、一日二四時間年じゅう休みなしに、高温高圧で動きつづけなければならない。その要となる装置は、既存のものはほとんどなく、一からつくらなければならなかったのだ。
深冷分離でN2、石炭の水蒸気改質でH2を作ったかと思えば、反応器は水素脆化や高温での強度低下に悩まされ、試行錯誤・手探りの日々。だが、その積み重ねが高圧化学の幕開けを告げ、BASFの礎を作ったのだった。
オッパウ工場ができたことで、肥料を人工的につくるという概念が確立した。それを可能にした方法は、最初の開発者と工業的なレベルにまで引き上げた研究者の名を取って、ハーバー-ボッシュ法と呼ばれるようになった。ハイフンでつながれたこの名称は科学の世界における変化の象徴でもあった。20世紀に入り、科学研究の産業化、あるいは産業応用の重要性が増しており、産業界の研究者が学術研究者と肩を並べるくらい重視されるようになったのだ。
オッパウ大爆発、破綻したハーバーの私生活、ボッシュが結んだ悪魔との契約など、後半ほど闇成分がだんだん濃くなっていくぞ。
・引張強度vs.温度
・水素脆性といえばNelson線図。
http://www-it.jwes.or.jp/we-com/bn/vol_23/sec_2/2-1.pdf
いまはやりの。
解説では白川がPRTR法や化審法の紹介も。
https://www.env.go.jp/chemi/prtr/archive/guide_H12/1-syou.pdf