評価:A
【概要】
人事異動に伴い土佐から京に帰るときの、六十首余りを収めた旅日記もといダジャレ帳。古いがかなり読みやすい。妻や童、媼、船頭などに仮託して群像劇チックに表出させた亡児への追憶、三十一文字へのエール、いつの世も変わらぬ人情の厚誼に、古をグッと身近に感じる筈だ。
【詳細】
<言葉遊び>
「船路なれど、餞むまのはなむけす」「一文字をだに知らぬ者しが、足は十文字にふみてぞ遊ぶ」
「ところの名は黒く、松の色は青く、磯の浪は雪のごとくに、貝の色は蘇芳に、五色にいまひと色ぞ足りぬ」
<無教養disとみせかけての和歌振興委員会>
「船子楫取は船唄うたひて、なにとも思へらず」
「その歌、詠める文字、三十文字余七文字。人みな、えあらで笑ふやうなり 」
<なりきり>
伝説の書き出し。
をとこもすなる日記といふものを、をむなもしてみむとてするなり。「漢詩は、これにえ書かず」
<人情>
「別れがたく思ひて、日しきりにとかくしつゝ、喧るうちに夜ふけぬ」
「心あるものは恥ぢずぞなむ来ける」「磯に下り居て、別れがたきことをいふ」
さをさせど そこひもしらぬ わたつみの ふかきこころを きみにみるかな『贈汪倫』を髣髴とさせる。
<亡児への追憶>
ただただ悲しい。もうたまらなく悲しい。本書をものすに至った、いちばん強い心情。
「京へかへるに女児の亡きのみぞ悲しび恋ふる」
あるものと わすれつゝなほ なきひとを いづらととゝふぞ かなしかりける
わすれがひ ゝろひしもせじ ゝらたまを こふるをだにも かたみとおもはむ
京より下りしときに、みな人、子ども無かりき、いたれりし国にてぞ、子うめる者どもありあへる。人みな、船の泊るところに、子を抱きつゝ乗り降りす。これを見て、昔の子の母、悲しきに耐えずして、
なかりしも ありつゝかへる ひとのこを ありしもなくて くるがゝなしさ
むまれしも かへらぬものを わがやどに こまつのあるを みるがゝなしさ