Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

蜘蛛の糸・杜子春

著者:芥川龍之介
評価:B+

【概要】
『蜘蛛の糸』『蜜柑』『杜子春』『トロッコ』など。古典に材を取った子供向けの作品がメインだが、幼き日の思ひ出や日常の胸キュンイベント、日々の暮しとささやかな幸せ。日本近代文学の成熟と踊り場への到達を感じる。

【詳細】
『蜘蛛の糸』『蜜柑』『杜子春』『トロッコ』など。古典に材を取った子供向けの作品がメイン。
全体的に明るめではあるが、「唯ぼんやりした不安」も漂っているような気もする。

『蜜柑』
一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽――そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った。

忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。

何ともないような物語だが、「切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗らかな心もちが湧き上って来るのを意識した」。

杜子春
説話的で邯鄲の夢を髣髴とさせる。

「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰っても、言いたくないことは黙って御出で」

それは確に懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼をあきました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、怨む気色さえも見せないのです。(中略)
何という有難い志でしょう。何という健気な決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬の頸を抱いて、はらはらと涙を落しながら、「お母さん」と一声を叫びました。…………

「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」
杜子春の声には今までにない晴れ晴れとした調子が罩っていました。

『トロッコ
「いつまでも押していて好い?」
「好いとも」
二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。

良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。 が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御辞宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。

誰もが子供時分に感じたであろう、気安い無鉄砲さと得体の知れない恐怖を思い出させる。

とまあこんな風。幼き日の思ひ出や日常の胸キュンイベント、日々の暮しとささやかな幸せ。日本近代文学の成熟と踊り場への到達を感じる。