評価:B
【概要】
近代詩人同士のコラボ。幻想と糜爛の香り横溢せる仏蘭西の光景が眼前に広がる。
でも、これといってグッとくるものはなかったし、イマイチ入りこめない感じが捨てきれなかった。中也自身の詩の方が面白いか。
【詳細】
中也曰く、
ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰も在るには在るが行き道の分からなくなつた宝島の如きものである。幻想と糜爛の香り横溢せる仏蘭西の光景が眼前に広がる。
そんな夢みがちな青年詩人の詩的フレーズ集を以下に抜粋する。
<七歳の詩人>
扨、拳固でやられ、踵で蹴られた彼は今、谷崎か。
娘の肌の感触を、自分の部屋まで持ち帰る。
<最初の聖体拝受>
夜、触知しがたい聖なる母は、すべての若気を聖と闇と。
灰色の沈黙しじまに浸してしまひます、
彼女は心が血を流し、声も立て得ぬ憤激が
捌け口見付ける強烈な夜を望んでいたのです。
<虱潰す女>
子供かれは感じる処女をとめらの黒い睫毛がにほやかな雰気けはひの中で優雅さと殺意と。
まばたくを、また敏捷すばしこいやさ指が、
鈍色の懶怠たゆみの裡に、あでやかな爪の間で
虱を潰す音を聞く。
<母音>
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青、母音たち、共感覚か。
おまへたちの隠密な誕生をいつの日か私は語らう。
<カシスの川>
すべては流れる、昔の田舎や流転と神秘と。
訪はれた牙塔や威儀張った公園の
抗ふ神秘とともに流れる。
彷徨へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近にして人は解する。
それにしてもだ、風の爽やかなこと!
<渇の喜劇>
恐らくはとある夕べが俺を待つ古都の夕べよ待っておれ。
或る古都で。
その時こそは徐かに飲まう
満足をして死んでもゆかう、
たゞそれまでの辛抱だ!
<恥>
刃が脳漿を切らないかぎり、脳の物体感ね。
白くて緑あをくて脂ぎつたる
このムツとするお荷物の
さつぱり致さう筈もない……
<永遠>
また見付かつた。いつか言ってみたいね。「永遠。」と。
何がだ? 永遠。
去つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去つてしまつた。
そしていつか感じたいね。「永遠」を。
<最も高い塔の歌>
何事にも屈従した青春はビターなものなのだ。
無駄だつた青春よ
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ、
<彼女は埃及舞妓アルメか?>
だつて彼女の表情は、消え去りがてにも猶海のだってだってなんだもん。
夜の歓宴うたげを信じてた!
<幸福>
季節ときが流れる、城寨おしろが見える、時空を超えて探してみても、きっと何処にも見つからない。
無疵な魂なぞ何処にあらう?
<孤児等のお年玉>
さて走つてゆく、頭はもぢやもぢや、めっちゃ嬉しそうやん。
目玉はキヨロキヨロ、嬉しいのだもの、
小さな跣足で床板踏んで、
両親の部屋の戸口に来ると、そをつとそをつと扉に触れる、
さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、
接唇は頻つて繰返される、もう当然の躁ぎ方です!
<ニイナを抑制するものは>
薄明で白ウみえてヨ、民謡風。ぼとぼとぼとっ!
向ふを見ればヨ
牝牛がおつぴらに糞してらアな、
歩きながらヨ。
<キャバレ・ヹールにて>
桃と白とのこもごものハムは韮の球根の香放ち、ビール片手にプレミアムフライデー。
彼女はコップに 、午後の陽をうけて
金と輝くビールを注いだ。
<谷の睡眠者>
若い兵卒、口を開いて無帽で
露ある草に頸条を
空の下の草地に倒れて眠る、
光の泪する緑の床に蒼ざめて
蒼の空、緑の床、光の泪。そして朱に染まった銃創。いかなる香気も彼の鼻腔にひびきなく、太陽の中に彼は眠る、手を静かな胸に置いて、二つの血ぬれた穴を、右の脇腹に持つて。