著者:川端康成
【評】
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
小太りしまむらをテコに駒子、葉子二人の女の官能美を描く。
冒頭の車中の葉子の描写は白眉といってよいのではなかろうか。
悲しいほど美しい声であった。高い響きのまま夜の雪から木魂して来そうだった。
駒子はまた違った趣があってよい。
その伏目は濃い睫毛のせいか、ほうっと温かく艶めくと島村が眺めているうちに、女の顔はほんの少し左右に揺れて、また薄赤らんだ。
「なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人の方が、いつまでもなつかしいのね。忘れないのね。」
「私妊娠していると思ってたのよ。ふふ、今考えるとおかしくって。ふふふ。」と、含み笑いしながら、くっと身をすくめると、両の握り拳で島村の襟を子供みたいに掴んだ。
閉じ合わした濃い睫毛がまた、黒い目を半ば開いているように見えた。
久しく会わずにいても、離れていてはとらえ難いものも、こうしてみると忽ちその親しみが還って来る。
駒子はそっと掌を胸へやって、
「片方が大きくなったの。」
「馬鹿。その人の癖だね、一方ばかり」
「あら。いやだわ。嘘、いやな人。」と駒子は急に変った。これであったと島村は思い出した。
襦袢の襟が見えず、素足の縁まで酔いが出て、隠れるように身を縮めているのは変に可愛く見えた。