評価:A
【粗評】
吾輩は猫である。名前はまだない。
苦沙弥先生の臥竜窟に集った「太平の逸民」たちの会合を、
人間世界の日常を、猫の日常を、
「猫の目玉のようにぐるぐる回転する」外発的な開化に苦悩する明治日本を、
歯切れの良い文体で饒舌かつ毒舌に、
異邦に分け入ったジャーナリストのごとく、
うなずいたりつっこんだりしながら、
気の向くままに吾輩が観察。
吾輩、20世紀のハイカラ猫なので人語を解し、古今東西の事柄に通暁している。
その知能を余すところなく生かした偉大なる批評精神に貫かれている本作は、
諧謔・皮肉が満載されている。
きのうは山の芋、きょうはステッキ、あすはなんになるだろう。
主人のあとさえついて歩けば、どこへ行っても舞台の役者は我知らず動くに相違ない。おもしろい男を旦那様にいただいて、短い猫の命の内にも、だいぶ多くの経験ができる。ありがたいことだ。
好奇心旺盛な吾輩は、
お雑煮を食べて踊りを踊ったり、近所を探偵したり、酩酊して水甕にドボンしたりする。
まさに「好奇心は猫をも殺す」~Curiosity killed the cat (・ε・)~。
のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする。
ときおりのぞく華厳滝の自殺や日露戦争などの時事ネタからは
文明人たちの苦悩が窺える。
初めて本作を読んだのは10年位前だったと思うが、
往時に比べて、読みやすく面白く感じた。
読者の成長を感じる次第。