楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)
著者:北杜夫
評価:A*
「楡(にれ)」という名字を有する一族、そして彼らをとりまく人びと、時代の流れを描いた小説。
頁数は全部で900ほどあり、全3部からなる。第一部と第二部の切れ目は創始者楡基一郎の死、第二部と第三部のそれは真珠湾攻撃でである。わりとサクサク読める。
登場人物が大勢おり、話の視点が彼らのあいだでコロコロ変わり、また北杜夫特有のヒューモアにあふれる具体的な各人物の挿話を交えながら出来事が語られてゆくので、何人もの人生を垣間見たような気にさせられ、それがまた妙な現実感をもって迫ってくるために、まるで読者も登場人物たちと共に、明治・大正・昭和の激動の時代を生きたような心持にさせられる。
あの三島由紀夫もこの小説を絶賛しており、
戦後に書かれたもっとも重要な小説の一つである。この小説の出現によって、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち、小説というものの正統性(オーソドクシー)を証明するのは、その市民性に他ならないことを学んだといえる。と喝采をおくっている。
これほど巨大で、しかも不健全な観念性をみごとに脱却した小説を、今までわれわれは夢想することもできなかった。
あらゆる行が具体的なイメージによって堅固に裏打ちされ、ユーモアに富み、追憶の中からすさまじい現実が徐々に立上るこの小説は、終始楡一族をめぐって展開しながら、一脳病院の年代記が、ついには日本全体の時代と運命を象徴するものとなる。しかも叙述にはゆるみがなく、二千枚に垂んとする長編が尽きざる興味を以て読みとおすことができる。
初代院長基一郎は何という魅力のある俗物であろう。諸人物の幼年時代や、避暑地の情景には、なんというみずみずしいユーモアと詩があふれていることだろう。戦争中の描写にさしはさまれる自然の崇高な美しさは何と感動的であろう。
これは北氏の小説におけるみごとな勝利である。これこそ小説なのだ!