【概要】
著者(監督):山崎豊子
表木戸から客席に通る間口六尺の入口には、藍地に四季の花々を朧染にし、中央に匂うような白さで『花菱亭』と 染め抜いた花のれんを掲げた。多加の女の商人としての、厳しい商いごころを籠めたのれんであった。
吉本興業創業者をモデルに、いろいろな要素を加え船場のおばはん・多加を創造した。豊子序盤の作であるがストーリーテリングが巧みで、主人公が商売を拡大させていくさまには経済小説的な面もある(価格などの数字が多く出る)。夫の死後は商才がスーパー開花し大阪のおもしれー女街道をひた走る。やはり先行投資(特に無形)を惜しみなく行うのがすごすぎる。
「表見は愛想のええ普通の御寮人さんやけど、芯は牛車を牽っ張るみたいに辛抱強うて、その上、きつい商いの才覚を持ってはります」
【詳細】
<メモ>
商売センス皆無の夫の度を越した道楽で呉服屋が回らなくなるも、
- 逆に夫の芸能関係の顔の広さを利用した新ビジネス開始
- 小金持ちの年寄りからのマイクロファイナンス
- 席代だけでなく飲食(ゴロゴロ冷し飴など)でも稼ぐ
などの奮闘を経て商売人としての才能が開花。そして道楽夫の腹上死により商才が覚醒。
「わてはここで立ち往生でけまへん」
「男がやって出来へんことも、女が形振かまわんとやったら出来ることもあると思いますねん、 男はんみたいに見栄やむつかしい顔がないさかい、かえって女の方が強うおます、やってみまひょ」
と覚悟が決まる。
- 師匠連中への札撒き(夏便所ニテ待機)
-
- 客の下駄紛失しくじりに高級代替品で即対応
- 祝儀・給与を芸人に手渡し
先行投資に金を惜しまない点や目利き力の高さがすごい。
「そやけど今のわては、何でも肥料(こえ)をせんならん時や、肥料の足らん処からはろくな産物出来しまへん、肥料が出来て、苗がつくまでがしんどいのんや」
商才はとどまるところを知らず、
- 寄席買収時、タフに価格交渉しバーターで割り払いを呑ませる
- お茶子頭を籠絡・引き抜き、そのつてで師匠を勧誘
- 下足箱・通天閣を広告塔にして稼ぐ
- 出雲へ出張し、流行り物の安来節コンテスト開催。先物買いのため金を撒く(おもしれー女)
- 関東大震災地の迅速な在京師匠への支援
- 漫才へのシフト
- デフレ経済への対応(十銭漫才)
- 東京への進出
など、有形・無形財産への投資が果敢(人情成分もあるやろけども)。
伊藤へのときめきと別離、埋まらない息子との距離感といった女の悲哀も描きつつ、
「ガマ口はん、長い間ご苦労さんでした、あんたと一緒に造った花菱亭やった――」
まさかの女房役ガマ口はんで締める。