【概要】
著者(監督):森谷公俊
アレクサンドロスの生涯は一篇の大河小説のごとく、名立たる逸話にあふれている。開戦劈頭グラニコスでの華々しい一騎打ち、だれも解けないゴルディオンの結び目を一刀両断にしたとの伝説、リビア砂漠のアモン神殿における謎めいた神託、イッソスとガウガメラにおけるペルシア軍との決戦、捕虜とした王族女性たちへの騎士のごとき振舞い、壮麗なペルセポリス王宮の放火事件、インド侵攻とインダス川下り、ゲドロシア砂漠の死の横断、ペルシアの旧都スーサでの集団結婚式、そして突然の熱病と死。
アレクサンドロス自身も、その属性を次々と変えていった。まず彼はマケドニアの王であり、テッサリア連邦の長官、コリントス司盟の盟主にして全権将軍だった。次いでエジプトのファラオとなり、バビロニアの王として迎えられ、さらにアカイメネス朝の後継者として立ち現れた。その血統も、フィリッポス二世とオリュンピアスの息子、 英雄アキレウスとヘラクレスの末裔であり、さらに最高神ゼウスの子にしてアモン神の子を自称した。 彼自身がこのような肩書を名のっただけでなく、行く先々の諸民族は、アレクサンドロスを彼らの伝統の文脈で新たな支配者として受け入れた。 こうして大王の姿は、カメレオンのように次々と変貌を遂げていったのである。
まだ神話の影響力が絶大だった時期に生まれた幸運と、その覇業の影響力から英雄中の英雄とされている男。マケドニア王国の「武勲と名誉こそすべてという一元的な価値観」や「人間のもつ可能性を極限まで展開して見せた」。「神と人間の間に生まれた者を英雄と呼ぶ」が、彼は伝説に装飾されすぎている。東征以前からの東西世界の豊かな関係や、大規模入植やら都市建設やら虐殺やらのやりたい放題の功罪両面を踏まえ、実証的な大王像を構築せんとする。有能パパのフィリッポス二世の土台固め、継承後のいざこざ、東方遠征開始時の亀裂、僻遠の地での従軍拒否、短い人生ながらも漫画100巻ぐらいのネタはある。
「東方遠征中のアレクサンドロスは、常に英雄や神に対する模倣と対抗意識に貫かれ、それを凌駕しようとの意志に突き動かされて」おり、同時に「アレクサンドロスは自らを神と信じる一方で、自己の神性を支配のために利用するだけの冷徹な頭脳を持っていた」カリスマ役者だったみたい。生存時点ですでに伝説だったが、後継王国や後継者によりさらに神格化が進んだ模様。なおワンマン帝国だったので王の頓死後、予想通り秒で崩壊した。王位継承が王朝存続の鍵。
【詳細】
<目次>
- 第一章 大王像の変遷
- 第二章 マケドニア王国と東地中海世界
- 第三章 アレクサンドロスの登場
- 第四章 大王とギリシア人
- 第五章 オリエント世界の伝統の中で
- 第六章 遠征軍の人と組織
- 第七章 大帝国の行方
- 第八章 アレクサンドロスの人間像
- 第九章 後継将軍たちの挑戦
- 終 章
<メモ>
要するにわれわれは、ヘレニズム時代とローマ時代という二重のフィルターを通してしかアレクサンドロスを眺めることができない。
伝説の従軍拒否:
ヒュドラオテス (現ラヴィ) 川を越え、ヒュファシス(現ベアス)川に到達した。その東にはガンジス川と豊かな国土が広がることを聞き、王の心は逸り立つ。河口の先には大洋が広がっているに違いない、これこそ遠征の究極目標だ。しかし、遂に将兵たちが前進を拒否した。 絶え間ない戦闘と行軍の疲れ、七〇日間も降り続く豪雨と雷鳴。増水した川の渡河はどれも困難な上、宿営地には毒蛇やサソリが出没して安眠を奪う。これらすべてが兵士たちの気力体力を消耗させ、士気を阻喪させていた。 部隊長以上が集められた会議で、側近のコイノスが立ち上がり、王に進言する。長い遠征で兵士たちは疲れきっている、ここはいったん国へ帰るべきだ、それから若い兵士を率いて、どこへなりとも遠征なさるように、と。
想像できる限りのあらゆることを実行・実現してきた彼の、初めての敗北であった。
なお、征服されても旧支配層は新興勢力と実利で結びついており頭がすげ変わっただけの感もある。
☟けっこうあってる。ヤンヤン。