【概要】
著者(監督):深沢七郎
正宗白鳥曰く「この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている」。☜いや、全くその通りです。
表題作は老婆おりんの半ば陶酔した自傷行為とか、姥捨ての風習とか、暗い情念が渦巻いている感じが印象的。
【詳細】
<目次>
- 月のアペニン山
- 楢山節考
- 東京のプリンスたち
- 白鳥の死
<メモ>
〇月のアペニン山
「うあァ!」☜これすき
〇楢山節考
おりんは誰も見ていないのを見すますと火打石を握った。口を開いて上下の前歯を火打石でガッガッと叩いた。丈夫な歯を叩いてこわそうとするのだった。ガンガンと脳天に響いて嫌な痛さである。だが我慢してつづけて叩けばいつかは歯が欠けるだろうと思った。欠けるのが楽しみにもなっていたので、此の頃は叩いた痛さも気持がよいぐらいにさえ思えるのだった。
十歩ばかり行って辰平はおりんの乗っていないうしろの背板を天に突き出して大粒の涙をぽろぽろと落した。酔っぱらいのようによろよろと下って行った。少し下って行って辰平は死骸につまずいて転んだ。その横の死人の、もう肉も落ちて灰色の骨がのぞいている顔のところに手をついてしまった。起きようとしてその死人の顔を見ると細い首に縄が巻きつけてあるのを見たのだった。それを見ると辰平は首をうなだれ
た。「俺にはそんな勇気はない」とつぶやいた。そして又、山を下って行った。楢山の中程まで降りて来た時だった。辰平の目の前に白いものが映ったのである。立止まって目の前を見つめた。 檜の木の間に白い粉が舞っているのだ。
雪だった。辰平は、
「あっ!」
と声を上げた。そして雪を見つめた。雪は乱れて濃くなって降ってきた。ふだんおりんが、「わしが山へ行く時きっと雪が降るぞ」と力んでいたその通りになったのである。辰平は猛然と足を返して山を登り出した。山の掟を守らなければならないいも吹きとんでしまったのである。雪が降ってきたことをおりんに知らせようとしたのである。知らせようというより雪が降って来た! と話し合いたかったのである。本当に雪が降ったなあ! と、せめて一言だけ云いたかったのである。
〇東京のプリンスたち
瞬間を生きている男女の群像劇といったところ。三島由紀夫が言ってるような空虚さを感じる。
〇白鳥の死
「白鳥は、俺が初めて出した小説を褒めたんだよ、そうして、単行本のオビにその文句を使ったんだよ、出版社がそんなことをしたんだけど、俺は、そんなことをすると
恩義をうけたような気がするんだ」
正宗白鳥曰く、
「ことしの多数の作品のうちで、最も私の心を捉えたものは、新作家である深沢七郎の『楢山節考』である。(中略)私は、この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」