平凡で単調な日常のなかで、起こりもしない希望や栄光を待ちながら、その場所に居続ける。だが、いざその時が来てみると、もう年老いており機会を逸してしまう。そんな「むさぼるように人生を刻んでいく時の鼓動」を感じられる。描かれる人生の戯画にぞっとする。
バスティアーニ砦の孤独と倦怠と安逸を支える一縷の希望。どこか幻想的な雰囲気だが、作り込みが細かいので妙なリアリティがある。達意の訳が読みやすい。あなたの人生は無駄だったとどうか言わないでほしい。
【詳細】
「しかし、もう彼のなかには習慣のもたらす麻痺が、軍人としての虚栄が、日々身近に存在する城壁に対する親しみが根を下ろしていたのだった」
「なかなかいうことをきかなかった引き出しの錠も、鍵を少し下向きに入れていればいいことも覚えた」
「こうして、彼の知らぬ間に、時の遁走が展開されているのだった」
「青春はもうしぼみかけているのに、彼には人生は長々と続く、尽きせぬ幻影のように見えた」
「彼は英雄的な物語を空想していた。おそらくそれは決して実現することのない夢物語だったが、それでも人生を鼓舞するには役立った」
「彼は運命の由々しい時がすぐそばを通りながら、結局自分をかすめることもなく、轟音とともに遠くに消え去り、彼はの渦巻く中、ひとり取り残されて、恐ろしくもあるが、また大いなる機会を失ってしまったことを後悔するのに似た、一抹の漠とした幻滅さえ感じていた」
「かつての希望は、戦さの幻影は、北方からの敵の襲来に対する期待は、砦での生活に意味を与えるための口実でしかなかったことがはっきりしたようだった」
「すべてが過ぎ去ってゆく、人も、季節も、雲も。石にしがみつき、大きな岩の先端にかじりついて抗おうとしても無駄だ、指先きは力尽きて開き、腕はぐったりと萎え、またもや流れに押し流される。そして、その流れは緩やかに見えても、決して止まることを知らないのだ」
「すさまじい怒りにドローゴは胸がふさがった。ただ敵を待つために、人生のもろもろの善きことを棄ててきた彼を、三十年以上もの間、ただその思いのみを培ってきた彼を、その彼を、ようやく戦さが起ころうとしている今になって、追い払おうというのか?」
後半のループ感に背筋が凍る。