著者(監督):吉村昭
【概要】
実弟の闘病を、ときに冷たくときに熱い筆致で記述する。ガンであることを隠されたまま衰弱する弟を見ていると、『病院で死ぬということ』を思い出さずにはいられなかった。ただ、この著者の作品は実体験より離れたものの方が好き。
【詳細】
私には、若い頃大病した私を親身に看病してくれた弟への義理はいつの間にか失せ、ただ傍にいてやりたいという気持しかなくなっていた。
主人公(著者)が、自分の闘病や弟との交わりを思い返しつつ、実弟の闘病を、ときに冷たくときに熱い筆致で記述する。
わざとらしい演出もなく、淡々と死への歩みを進めていくさまを描く筆致には作者性を感じないわけにはいかなかった。ガンを悟らせまいと心理戦を繰り広げるときの静の芝居が上手い。
弟の病態とリンクするように自分も病気がちになる中、原稿や講演をこなすのは大変だったろう。
もう、お前は生きていなくていいのだ、死んでいいのだ、と、私は胸の中でつぶやきながら瞼を何度もおろした。ようやく瞼がゆがみながらおり、かすかに白目の一部がのぞいているだけになった。
このとき、死による開放を感じた。
ただ、この小説の内容を十全に味わい得るだけの人生経験が私には不足しているとも感じた。
「交換手」なるレトロワードや亭主関白っぽいところに時代性を感じる。