Javaさんのお部屋・改

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

わが父西田幾多郎

著者:西田静子 上田彌生
評価:B+

【概要】
幾多郎の二人の娘が父や家、暮らしの思ひ出を回顧する。徒然なるままに語られる記憶は、素朴ながらも温かみに溢れていてジ~ンとくる。
善の研究』『西田幾多郎随筆集』などと併せて読みたい。

【詳細】
しかし今となってみると、幼き日父が与えて呉れたものの数々は、大きくなった私の心にしみこんで気品、美しいもの清らかなもの可憐なるものを愛する心が深くなり、それがいつのまにか私の絵にも影響するようになりました。

今は亡きアテネ文庫より。
時代や場所を行きつ戻りつしながら、幾多郎の二人の娘が父や家、暮らしの思ひ出を回顧する。
徒然なるままに語られる記憶は、素朴ながらも温かみに溢れていてジ~ンとくる。
善の研究』『西田幾多郎随筆集』などと併せて読みたい。

というわけで、人間・西田幾多郎の立体感を出すエピソードを抜粋。
「本当に私たちの父は一日考えざれば喰わざる様な人であった」が、無口で厳しくも優しいオトンであった。
父はよく校庭の芝生の中に咲いた菫雛菊忘れな草を数本摘んで帰って呉れることがありました。この御土産は春の日が行き過ぎるまでつゞいて、私にとっては楽しい嬉しい御土産でした。

私は父が二階の書斎から下へ降りて便所へ行くけはいがすると、階段の下に待ち便所へ行く廊下の入り口まで何度もお手々つないで父の足の上にのって歩いてもらうのが好きでした。毎日毎日うるさがりもしないで足の上にのせて呉れました。

「父様も見にゆかない」
と申しますと、無言で皆と一緒になってついて来ます。けれど実はちゃんと私達よりも先に動物へ来てみていたのです。動物園へ入ると父はさっさと皆より先に歩いて此処に駱駝がいる、此処に縞馬の子がいると、案内して呉れるのです。


子供は幾人あっても父は一日読み一日考えて居た。よく大きな声で独逸語の本を読むのが聞えて来た。二歳違いの姉と弟とは、遠く離れた大座敷の縁側で、玩具を並べながら、口真似をして頸をちぢめて笑った。

<ノロケ>
母と父とは従兄妹同志であった。「幾多さん本を教えて頂戴、頂戴。」と言って跡を追いかけて居たのだと言う事を度々話して居た。

他にも、子供や妻の死、西田家の学問DNA、大拙との交わりなどについて触れられている。
京都で教鞭を執っていた時代の、鞠小路、将軍塚、山科、出町終点の言葉は京都人にはなじみ深い。

<おまけ>
「父は学校でテニスの試合などに出て優勝してメダルをもらったりしています。あまりテニスをして肋膜をおこしたようなこともあったようです」
の記述には、絶対矛盾的自己同一の顕現を見る思いだ。