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日本人の思惟方法

著者:中村元
評価:B+

【評】
あらゆる仏教経典や思想書、その他文献を渉猟し、
外来思想の受容および変容の経緯、
言語、習慣の特徴から日本人の思惟方法を探る試み。

海と毒薬』『風土』『失敗の本質』などと一緒にどうぞ。

<与えられた現実の容認>
<人間結合組織を重視する傾向>
<非合理主義的傾向>
の三本立て。道元親鸞の漢文の強引な解釈には笑った。

日本人は一般に自然を嫌わないで、むしろ愛好し、また自然を恐ろしいもの、威圧的なものとも考えないで、むしろ親しいものとみなした、したがって自然は人間に対立するものではなくて、むしろ人間と一体になるものと考えられた。

日本の風土にあっては、過酷な自然の諸条件に反して人為的努力をもって打ち勝たねばならぬ必要が大きいために、日本の農業労働においては、人間結合組織が個人に対しておよぼす圧力が相当に大きい。そこで人間結合組織を重視するという傾向が、おのずから強くなってきて、それが種々の派生的特徴を成立させているのであると考えられる。

すると、
諸事象の存する現象世界をそのまま絶対者と見なし、現象をはなれた境地に絶対者を認めようとする立場を拒否するにいたる傾きがある。

人間の遵守すべき法の存することを無視して、自己の所属する人間結合組織の現在の状況にとって好適であるか不適であるかということが、そのまま善悪決定の基準となってしまうのである。


日本人は、意識的に、あるいは無意識的に、普遍的な宗教の真理にではなくて、有限にして具体的な人間結合組織に重点をおいていた。


そのせいか、

日本人の思想は理知的・体系的な理論としては発達しないで、むしろ直観的、情緒的な芸術のかたちをとって表現されていることが多い。

日本人の学問のしかたはてっとりばやく結論を求め、実際的であった。かつての日本人は自然学的思惟を反省し批判し、それを論理的に追求し組みたて直すということには、きわめて不得手であったが、それは、日本人一般が複雑な構成的思惟を好まないで、実用的価値を第一義として考えたためであるかもしれない。


シルクロードの終点だからといって…

日本は東洋文化の精髄を摂取したと考えられているが、はたして精髄だけを摂取したのであるかどうか、あるいはそうだとしてもそれをゆがめて摂取していたのではないか、ということが大いに問題になる。