Javaさんのお部屋・改

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

『法華経』

著者:中村元
評価:A

【評】
「『法華経』は大乗経典のなかの代表的な経典で、昔から「諸経の王」とよばれ、もろもろの経典のなかの最高のものであるとして、広くアジア諸国で信奉されてきました」。

釈尊すべてを観る。 

此の世界に於て尽く彼の土のうちにある六種の衆生を見、又、彼の土の現在の諸仏を見、及び諸仏の所説の教法を聞き、並に彼の諸の比丘・比丘尼、優婆塞・優婆夷の諸の修行し得道する者を見、復、諸の菩薩摩訶薩の種々の因縁・種々の信解、種々の相貌あって菩薩の道を行ずるのを見、復、諸仏の般涅槃したもう者を見、復、諸仏般涅槃の後、仏舎利を以て七宝よりなる塔を起つるを見る。

<迹門>
「いろいろの思想やいろいろの実践のしかたの存在意義が認められました。きちんと体系だっていなくても、ただ拝むだけの仏教も認められたわけです」。
大慈大悲のもとで平等、宥和、を説き、大乗への道を開いた。
「長者窮子の喩」「三草二木の喩」も面白い。

諸々の仏・世尊は、衆生をして仏の知見を開かしめ、清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。

十方の仏土の中には 唯、一乗の法のみありて
第二も無く、亦、第三も無し 
えっ、そうなの?
ハードル下げてきたね。 
童子の戯れに 沙を聚めて仏塔を為れる
かくの如き諸々の人等は 皆、已に仏道を成じたり。

諸の疑惑なく心に大歓喜を生ぜば 自ら当に仏と作るべしと知れ。



法華経の一偈一句を聞きて、乃至、一念も随喜する者には、われは、皆、記を与え授く、正に阿耨多羅三藐三菩提を得べし、と。

この諸人等は、已に曽、十万億の仏を供養し、諸々の仏の所において、大願を成就せるも、衆生を愍むが故に、この人間に生れたるなり。

サンスクリット原文からみると、『法華経』をたもつ者は、そのまま如来なのであり、また「如来を見る者」なのです。拝む者も拝まれる者も一体という思想がここにあらわれています」。

善男子、善女人は、如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に坐して、しかしてすなわち、応に四衆のために、広くこの経を説くべし。如来の室とは、一切衆生の中の大慈悲心、これなり。如来の衣とは、柔和忍辱の心、これなり。如来の座とは、一切法の空、これなり。

<本門>
「いろいろな教えがどれも存在意義をもち、仏の慈悲によって救われるとすると、それではそれらの意義を持たせるもとの仏というものはどういうものだろう、ということが考えられていくわけです」。

釈尊パワー を見よ。

世尊よ。是の諸の世界は無量無辺にして、算珠の知る所に非ず、亦、心力の及ぶ処に非ず。

我は実は成仏してより已方、復、此れに過ぎたること百千万億那由多阿僧祇劫なり。是れより来、我は常に此の娑婆世界に在って説法教化す。亦、余処の百千万億那由多阿僧祇の国に於ても衆生を導利す。

勿体ぶっていくスタイル。恋慕て。

「諸々の比丘よ。如来は見ること得べきこと難し」と。斯の衆生等は是の如き語を聞いては、必ず当に<遭いがたし>との想いを生じ、心に恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種うべし。是の故に如来は、実には滅せずと雖も、而も滅度すると言う。又、善男子よ。諸仏如来の法は皆、是の如し。衆生を度せんが為なれば、皆、実にして虚しからず。

「ここでブッダ仏陀)というものが単なる歴史的存在ではなくて、奥深いところにある永遠のことわりに基づいて現れたのであるということが説き明かされたのです」。