Javaさんのお部屋・改

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

中世賎民の宇宙

著者:阿部謹也
評価:B+

【評】
「総じて歴史研究といういうものは、(略)外にある出来事、自分が対象とする出来事と同じ事を内面に発見する作業です」
というアベキンおなじみの言葉を念頭に置きながら、

暗黒期扱いされる中世欧州に、どのような世界観の転換があったのか。
それはなぜか。その結果なにがおこったか。

を考える。

中世の人間は均質的な時空観念のなかで生きていたわけではなかった。彼らは二つの宇宙のなかで生きていたのである。わかり易くいってしまえば、自然界の諸力を人間が辛うじて制御しうると考えられていた範囲内が小宇宙Mikrokosmosであり、その外側に人間にはとうてい制御しえない諸霊や巨人、小人、死などの支配する大宇宙Makrokosmosが広がっていた。この両宇宙は排他的なものではなく、同じ要素からなりたっており、一つの宇宙をなしてもいた。

このような生活のなかでは過去と現在の間には明瞭な区別はなく、過去は常に新しいもののなかに流れ込み、現在を構成するものとなってゆく。こうして現在そのものの価値は、相対的に失われるかにみえながら、それは同時により深く過ぎゆくことのない内容によってみたされるのである。何故ならそれは神話となった過去と直接にかかわり、その過去は単に過ぎ去ったものではなく、永久につづくものを意味しているからである。生活は単なる偶然とか移ろいゆくものとしての特徴を失い、永遠にかかわるより高次なものとしてその姿を現すことになる。

中世後期という時代は時間意識・空間概念、そしてモノをめぐる人間と人間の関係に「公」的(普遍的)なものを生んだ点において、ヨーロッパ史上特異な空間であり、その出発点は11,12世紀にあったと考えられる。
モノを媒介とする贈与慣行の世界は呪術的世界でもあった。彼岸を媒体としてこの慣行に新しい回路がつけられたとき、そこに生じた変化には目をみはらせるものがあった。11世紀から15世紀にかけて贈与慣行がカトリック世界のなかに普遍化されて取り込まれ、呪術性を失ってゆく一方で、都市における商業の発達とあいまってカトリシズムのもつ普遍性は手工業のみならず、学問においても人間精神の開放に寄与し、技術の大胆な革新へと導いたのである。

キリスト教の教義は感覚の次元では人びとを納得させることはできなかったから、中世後期の人々は伝統的な思考方法とキリスト教の教義の間でゆれ動いていた。こうしたアンビバレントな状況のなかで、かつて畏怖の対象であった職業が賤視の対象へと変化していったのである。
(略)
二つの宇宙の狭間に生きる人びとが賤視されるようになるのは、感覚の次元で(あるいは教義のうえで)二つの宇宙の枠がとり払われ、一元化されてゆくときではないかと思う。国王や司祭は同じ立場にありながら、一元的に世界を解釈してゆく側に立ったために賤視を免れたのである。