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Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

物理学とは何だろうか

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)
物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書) [新書]
著者:朝永振一郎
評価:B

ノーベル物理学賞受賞者・朝永一郎の著作だ。彼の文才の腕が存分にるわれている。
この人の著作たちがどれだけ日本の科学興に寄与しただろう。

“そもそも物理学にかぎらず科学というものは、いつの時代においても、その前の時代のそれを踏まえて進められ積み重ねられてだんだんにできたきたものです。あるときは前の時代の狭隘な考えを打破することによって新天地を開いていく、科学とはこうして変化していくものです。ですから、こういう変化のなかで物理学者がどういうことをどういうやりかたでやってきたか、あるいは、やっているか、という話ならばできないことはないでしょう
(中略)
「われわれをとりかこむ自然界に生起するもろもろの現象―ただし主として無生物にかんするもの―の奥に存在する法則を、観察事実に拠りどころを求めつつ追求すること」
これが物理学である、としておきましょう”

終始ですます口調の本書は一般読者向けであるが、
「物理学生への注」が付記されているように理系読者でも楽しめるものである。
多少なりとも物理学をかじった者ならば、カルノー・サイクルやエルゴート性のところはサラッと読めなければならないのだが…後者にやられた。修行が足りない。

ケプラーガリレオらによって占星術(+錬金術)が科学に変わり、
ニュートンによって科学が数学と結びつく。
蒸気機関に代表される技術の発展により、熱力学をはじめとする諸分野の学問が花開き、
20世紀初頭になってようやく熱の分子運動論が確立される。

そのような「二十世紀の入り口までくるのに物理学の通ってこなければならなかった苦しみ」が、膨大な文献を渉猟し、微に入り細に入り描かれる。
量子力学についてのお話が聞きたかったのだが、それを聞く前に先生がご逝去あそばされたのは誠に残念である。『スピンはめぐる』にてそのお話を聞かせてもらおう。

付録の「科学と文明」と題する講演では、
“その異常さが大きければ大きいほど、その脅威が大きければ大きいほど、つまり恐ろしければ恐ろしいほど、科学者や技術者はそれをつくってしまうという非常にパラドキシカルな、逆説的な状況が現在の社会の構造の中に存在する”
と先生は述べる。
科学(あるいは人間あるいは生命?)に内在する原罪を思う。