サム・ジーヴァ帝国図書館(Javaさんのお部屋)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

猫と庄造と二人のおんな

猫と庄造と二人のおんな (新潮文庫)
猫と庄造と二人のおんな (新潮文庫) [文庫]
著者:谷崎潤一郎
評価:B

 猫・リリー。その愛猫を文字通り猫かわいがりする男・庄造。庄造の前妻・品子、後妻・福子。
一匹の猫のために狂わされる三者と、その計四者の奇妙な序列が、自身も猫好きである谷崎潤一郎の手によって125頁で描き出される。リリーの気まぐれな様子や、終始見せつけられる庄造の痴態(とくに最後の場面)、そして品子がリリーの前に陥落する描写は必見である。
解説によれば、人間の心に宿る“隷属”への希求をこの作品に見るという。隷属への希求…隷属の幸福…。そういえば谷崎の他の作品では、“社会化されたマゾヒズム”という表現が使われていた。

“庄造はわが眼を疑う如く、
「リリー」
と呼んだ。するとリリーは
「ニャア」と答えて、あの大きな眼を、さも嬉しげに一杯に開いて見上げながら、彼が立っている肘掛窓の真下まで寄って来たが、手を伸ばして抱き上げようとすると、体を躱してすうッと二三尺向うへ逃げた。しかし決して遠くへは行かないで、
「リリー」
と呼ばれると、
「ニャア」と云いながら寄って来る。そこを摑まえようとすると、又するすると手の中を脱けて行ってしまう。庄造は猫のこういう性質がたまらなく好きなのであった”

“「ニャア」
と云って悲しげに啼いた。だから庄造もその声に絆されて、細目に開けて覗いてみると、行李だの風呂敷包みだのいろいろな荷物が積んである押入の、一番奥の突きあたりにある函の中から首を出して、
「ニャア」
と云っては此方を見ている。畜生ながらまあ何という情愛のある眼つきであろうと、その時庄造はそう思った。全く、不思議のようだけれども、押入れの奥の薄暗い中でギラギラ光っているその眼は、最早やあのいたずらな仔猫の眼ではなくなって、たった今の瞬間に、何とも云えない媚びと、色気と、哀愁とを湛えた、一人前の雌の眼になっていたのであった”