▶長崎旅行
全体概要
未知の領域・長崎に行ってきました。
唐寺や天主堂の建設、軍港佐世保の発展、長崎への原爆投下と再生。東西の文物や人々の交流・混淆の歴史を顧みると、この地域が時代の最先端だった時期が確かにあることがわかる。個人的には重工業的なゴッツイ機械とか、旧海軍と海上自衛隊の連続性にも感銘を受けたり。
あとあんまり知らなかったけどここ坂の街なんですわ。ハイカラで造船所が近い点は神戸と似てるかも。路面電車や軍港が近いところ、そして原爆投下地という点では広島とも似てるかも。
今回は2泊3日だったが、やっぱり旅は日帰りじゃダメだと実感。歩きを苦にしなかったり、一日に観光スポット巡りを詰め込もうとしてしまうのはどうも抜けない癖みたい。
旅程概要
〇2/10(Mon.):佐世保⇒長崎
☝赤は個人的によかったところね。
※行きたかった(けど行けなかった)ところ
旅程詳細
せるち!(わかる人だけわかって)関連のイベント以外で行ったことがなかった長崎へ突撃。
福岡や鹿児島は行ったことあるのだが長崎はほぼ未踏の地といってよい。
4連休を錬成したので日~火にかけて観光を敢行し、無事完工。
(土曜日はこれに行っていた)
とりあえず始発でYahoo!乗換案内に示されるままに佐世保にGO。ねむい。
旅じゃがのみかんうま(๑╹ω╹๑ )
鳥栖は「とりす」じゃなくて「とす」だよ、というセルフツッコミを入れながら電車に揺られること4時間半。佐世保着。
アーケード街を通ってセイルタワーへ向け北上。
基本的には旧海軍と海上自衛隊の歴史を展示や模型で振り返る。平八郎や五十六の書は昔の人らしく流麗かつ剛毅な感じよ。
波涛越えがち。
あと海将になった。
そしてこれよ。
最上階で☝が放映されてたのだが、
27:12の中野3等海曹(当時)、良すぎないか(๑╹ω╹๑ )
いや凛然としててメカもわかるとかめっちゃ良くないですか。いや。
29:39の羽田野3等海佐(当時)も失礼ながら「苦労しはったんやろなあ」と勝手に目頭を熱くしてしまった。年を取ると涙もろくなってイカン。
横須賀や呉は行ったことあるので、大湊とか舞鶴も行ってみてえなあ〜と思うのであった。
〇させぼ五番街
☟によると午前午後に1回ずつ艦艇に乗船アンド探索できる模様。
www.mod.go.jp
セイルタワーから駅近くの埠頭に取って返す。
艦艇、停泊はしていたのだが、
一般公開は急遽取りやめになった模様。残念すぎ(๑╹ω╹๑ )
〇三浦町教会
佐世保あんまり観光場所ないぞ。
時間が余ったので探索。教会が多いことに気づき始めたのであった。
ステンドグラスのステンドはstainedで、
ステンレスのstainと同じだったのか(いまさら)
Google Mapを酷使。
途上でエモスポット発見。
君懐かしいな。
〇清岩寺(福石観音)
ノリで突撃。No御朱印。
老夫婦に若いのに感心というお言葉をいただく。from岡山は驚かれるみたいよ。
訪う人ぞなき。
加賀とか榛名とか羽黒とか矢矧とかの墓碑が並ぶ。生還者や遺族が頑張って建てたみたい。
羽黒の舷窓枠が置いてあったのだが、当時のガスケットは石綿祭りだったのだろうか。
「海ゆかば」ってなかなか残酷な歌詞だよなあと思いつつ。かえりみはせじ。
そういえば長崎っぽいものをということで、ちゃんぽんやSSBBを食べたりしていた。
弓張台はバス本数少なすぎのため断念。
ホテルでぐだぐだしたら夜歩きタイムスタート。
夜の佐世保港をぶらつく。
満潮になったのか昼より浮き上がっている模様。
微妙に交通の便がいまいちなので、歩き倒した一日となった。
〇2/10(Mon.):佐世保⇒長崎
佐世保セントラルホテルのIHヒーターが不調のため、始発での長崎行を断念。
どん兵衛なんか買うんじゃなかった。
まずはおなじみマッチョマンのところへ。
意外と柔和な表情。
右手は原爆の惨禍を伝え、左手は平和を祈念しているよ。
右足は端坐し、左足は力強く一歩を踏み出さんとしているよ。
戦争と平和、静と動が一つの像に共存しているよ。
この像、原爆投下10年後に建立された模様。
有名な彫刻家・北村西望の手によるもので、その逞しい肉体は素朴かつ雄渾、男神的イマージュを想起させるぞい(๑╹ω╹๑ )
☟西望。
享年102でこれ死の1年前てやばくないか。
101でこれって元気すぎないか(๑╹ω╹๑ )
他の作品もたしかに凡百の彫刻とは違うものを感じる。
平和祈念像氏の中に魂入ってたわ。
丘から浦上天主堂を望見す。
〇浦上天守堂
「無原罪の聖母像」でおなじみ。
〇原爆資料館
祈念像のわりと近くにある。
らせんスロープ壁の年代がだんだん1945年に近づいていく演出グッド。
触れる展示も祈りの間もあるよ。
個人的には、手の骨とガラスが一体化した遺物や、瓦礫の下敷きになった馬の写真が特に印象的だったかな。あと弟の火葬を待つ少年の写真とか。
ファットマンの意外なデカさとその内部構造、プロジェクションマッピングっぽい原爆被害のビジュアル化、戦後世界の核廃絶に向けた歩みなんかも記憶に残っているか。
いまさらだが路面電車便利すぎんか。5分に1本という頻度もグッド。
広島とか岡山とか京都にもあるよね。
〇山王神社
片側だけの鳥居でおなじみ。しかも180°回転しているのも凄い。
子供の声が近くから聞こえてきたのでわりと愛され神社なのかも。
当時の爆風で石が樹木にめりこんでいる模様。
暑い。
弥勒菩薩感/Zero。
坂の町なんです。
工芸品エリアが印象に残っている。花鳥文飾机、ていうか螺鈿がキレイ。
江戸時代にも盛んに国外との輸出入があったんだ。
肉桂(シナモン)のにおいも嗅げるよ。
〇三菱重工長崎造船所資料館
駅近くでチラシ発見したので予約。シャトルバス出てるが電話要。
駅のバス停から約20分。工場見学もバスの窓越しにちょっとだけできる。
イージス艦が停泊してメンテ中だったぞい。
https://www.mhi.com/jp/expertise/museum/nagasaki/
戦前の製作技術もけっこうすごいぞ。
当時は空気圧アクチュエータ(๑╹ω╹๑ )
デカいと温度や成分ムラができやすいんやろなあ(๑╹ω╹๑ )
某ウイルスでおなじみダイヤモンドプリンセス号、三菱長崎で建造された模様(๑╹ω╹๑ )
<遠藤周作>
<吉村昭>
〇稲佐山
ホテルでぐだぐだしたら夜歩きタイムスタート。
橋の近くまで路面電車、あとは徒歩で麓のロープウェーに。
坂の町。
山頂は東京タワーと同じく333mらしい。
夜景3大夜景スポットに名乗りを上げている模様。
神戸や札幌には負けんぞい(๑╹ω╹๑ )
この日は光が散乱してて残念。
〇中華街
行く。
長崎、到底一日では歩き尽くせぬ。
あんまり行けてなかった長崎駅南側に侵攻。
〇崇福寺
萬福寺よりも崇福寺や興福寺(奈良じゃない方)の方が古いんだね。
ちなみに国宝(第一峰門、大雄宝殿)。
色合いとか扁額とか結構が中国風なんだなあ。
ここ日本やんな?
〇眼鏡橋
もう少し水位があれば真円に近づいたか。
いたる場所にランタンフェスティバルの名残がみられる。
〇興福寺
阿修羅像のあそこではない。ここも隠元禅師でおなじみ黄檗宗寺院。
御朱印あり。
中国風の中庭、いいよね。豚返しもグッド。
約束の場所へ。比較的爆心地から遠かったので外形を保った。
ちなみに国宝。
キリシタン博物館けっこう見ごたえがあった。
1596年の二十六聖人の磔刑、1865年の信徒発見はやっぱり彼らにとっては外せない出来事らしい。
天主堂までの坂道左右のおみやげ屋も含め、おみやげが結構充実している気がする。
過越祭ってそういう意味だったのか。
吉村昭『磔』でおなじみ。
コスメ竹屋(株)、駅近アパート・レオン烏丸。
坂の町なんですよ。
☟試食したけどうまかった。
買いたいけど焦ってて買えなかったので誰か買ってあげて。贖罪お願いします。
路面電車乗り換え時は☟もらってね!
旅情アンド旅情。帰りは早い。
むしろ本読むのが目的なところあるよね。
〇宇原神社
御朱印ハンティングの一環で帰路に寄る。
読んでいた本
これの珠晶の巻ね。
あと、未UPだけど、
『天、共に在り』
『苦しかった時の話をしようか』
も読んでました。