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日本の歴史〈3〉奈良の都

日本の歴史〈3〉奈良の都 (中公文庫)

【概要】
著者(監督):青木和夫

大仏建立プロジェクトをクライマックスに奈良時代のあれやこれやを一通りさらう。僅かに600万しか人口がいない極東の後進国にあって、思想や言語、制度、技術などが不足していた中での平城京造営はいかばかりの労苦だったであろうか。基本的には教科書的な内容だが、ときおり「次男は損である」などの所感が入ったり、万葉和歌で彩りを添えたりする。

天智系・天武系の皇統の移り変わり、転勤族の貴族、出挙ビジネスで稼ぐ有力者たち、孝謙女帝の小学生的ネーミングセンスなど、地味ながら面白い。

 

【詳細】
<目次>


<メモ>

  • 逃亡する人々、雇役の悲惨な帰路、遠征、転勤族の役人、シード権のある貴族の子弟、出挙ビジネス、奴婢の存在、天智・天武系統の政争、大仏開眼など、いろいろなイベントのある奈良時代を概観する。
  • 落書き、善男善女の祈り、和歌といったアクセントを添えながら。
  • 孝謙のネーミングセンス(和気狭虫、別部穢麻呂)には笑わざるを得ない。
  • たまに著者の所感も入るよ。「権力の座についているとますます元気になる人と、機会さえあればやめたいと本気で思う人とがある」

 

一万余の官員、百数十の貴族、十数人の公卿たち。これが八世紀初頭、大宝律令を公布したころの日本の中央藤原京、さらに奈良京にきずかれていた役人のピラミッドである。

 

〇万葉調のおおらかさ

善男善女たちの祈りの内容も率直であった。吉野の山中で三年あまりも修行していた御手代東人がいつも口に誦えていた文句は、さまざまな境遇の人たちのそれぞれの願いを、集約した観がある。
「南無、銅銭万貫、白米万石、みめよき女数多、徳施せよ」

 

〇下ネタ

御肴に何よけむ 鮑・栄螺か石陰子よけむ(催馬楽)

⇒紳士淑女ならば、口にするのがはばかられる意味である。

 

〇夫婦愛

妻が夫にむかって、「あなたも他人なみに馬で旅をさせてあげたい。母の形見です
けど、この鏡と領巾とで馬を買ってください」というと、夫は、「二頭は買えないのだから、ぼくが馬に乗ったら、おまえは歩かなくてはなるまい。いいよ、いっしょに歩いていこうよ」と答えるのである。

つぎねふ 山背道を 他夫の 馬より行くに 己夫し 歩より行けば 見るごとに
哭のみし泣かゆ 其思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と わが持てる
真澄鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へわが背
馬買はば妹歩行ならむよしゑやし石は履むとも吾は二人行かむ

 

大仏開眼セレモニーの描写

日本の昔からの歌舞が終わると、外国の楽舞に移る。左大臣 橘諸兄も鼓の心得があるので、十六人の鼓の座に加わっている。外国の楽舞は女踏歌、すなわち長安・洛陽の諸都が正月十五日の夜、元宵観灯とて灯の海に埋まるとき、少女たちの踊る春の踊りから始まる。ここ日本の夏のはじめの開眼会では、少女たち一二〇人が舞う。ついで音楽は唐の古典的な、すなわち唐の宮室の音楽奴隷のみによって伝えられている古楽・中楽に移り、やがて民間に流行する散楽にかわる。高麗楽も三たび舞人を舞台に送り、そしてだれの耳にも聞きなれない林邑楽を、菩提・道踏らとともに渡日した林邑僧仏哲が披露する。今日のベトナムカンボジア地方の音楽であった。