Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

炎のタペストリー

炎のタペストリー (ちくま文庫)
【概要】
著者(監督):乾石智子

並外れた記憶力と奪われた力を持つ女主人公が、魔法や炎の鳥のいる世界を旅する。そんな王道ファンタジー。道具立ては普通だが、平和への祈りが印象に残る(「不忘の誓い」)。テンポよく密度高めに進行し1巻で完結するのでお得感がある。ファンタジックな映像描写や来し方を振り返りながらタペストリーを織るシーンがいい感じ。


【詳細】

終盤にダイジェスト版があるよ。

そう、わたしはこれを織りたかったの。わたしは山や森を破壊する力ではなく、ものを織り上げる力がほしかったの。人やものを傷つけることのない、望みを高らかにうたいあげる力が。

忘れることのない情景や言葉、人々の表情、しぐさ、そして歌を織りこんでいく。ムージィや老犬トリル、故郷の丘、彼女の帰りを待っている母とばあばあ様。カンカ砦で出会った人々、乱暴な兵士や生まじめな計理士、矢に倒れた魔法戦士たち。かみきれないパンの味わい、下働きの少女たちの笑い声。

王都ハルラントでの日々。厳しくやさしいペリフェ王、浅墓な訴えをおこした町の娘、近衛兵たち。隙間風もカンカ砦とは違ったこと。晩春のノイチゴの匂い、きらめく川の瀬音。カロルとの邂逅と彼への憧憬、従者たちとともに旅をした日々。彼等を追いたてる北西の風や、森の神殿で祈りを捧げるオヴィーの呟き。枯れ野原を進みつづけるわびしい道行き、炉端でふと目にした黄色い小さな花の形。リッカールの魔法。

そしてーーレヴィルーダンへの恋情。そのときばかりは、杼もゆっくりとすべっていき、かたかたと音を鳴らし、糸と糸のあいだでは小さな星がぱちぱちとはじけた。

ブランティアの喧騒があとを追ってきて、香辛料の匂いや人いきれ、キシヤナに打たれた時の衝撃や軟膏を塗るブルーネの指先の感覚がまざっていた。壮麗な建物、さまざまな道具類の情緒、ペリフェとカロル兄弟の野望と戦、魔法と矢と雄叫びと流血と死。無力感。罪悪感。杼は怒りの炎をあげてすべっていき、いっとき織物は炎に包まれたが、燃えあがりはしなかった。家から助け出そうとしたキシヤナの拒否がそれにつづき、青く冷たい光を放った。

ブルーネと船に乗るときに嗅いだ不安と魚の臭い、白い波頭がすぐにやってきた。ダンとの再会はまた星をはじけさせ、少年皇子のよるべなさ、避難する人々の哀しみや気がかりや疑問ーーなぜこんな不条理がふりかかってきたのかーーがその星を押しつぶしていく。

そしてニバーの裏切りとカロルとダンの決闘の記憶を、どす黒い血の色をした糸が引きとり、ペリフェ王の<王の言葉>の力が金にまたたく。エヤアルは絶望を折りこみ、死に近かったおのれの空虚さと、死からひきもどしてくれたルリツバメの一声も入れた。独り、雪の山道に分け入り、教会宿駅で坊さんたちとかわした何気ない、しかしひそかな思いやりをこめた言葉を入れた。宙を舞う雪の一片の結晶の形、青白くおちくぼんだウサギの足跡、地上のものすべてが白金と藍に区別される山腹の形を入れた。そうして最後に、天と地をつなぎとめるがごとくにそびえるクラン山の頂きと蒼天、火を噴く火口と炎の鳥が翼を広げたその一瞬の炎のあり様を織りこめたのだった。