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仏教抹殺

仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

【概要】
著者(監督):鵜飼秀徳

明治維新150年」は同時に、「廃仏毀釈150年」でもある。水戸、薩摩、松本、京都など各地に残る廃仏毀釈の名残をフィールドワークにて調査する。タイトルが過激だが、旧薩摩藩では言い過ぎではないくらい徹底的だったようだ。

神仏分離の社会潮流、近代教育の場としての用地接収を名目にあまたの寺院・寺宝が消失・流出した。思想を純化させる危険性と不可能性、時流におもねる者と立ち向かう者のドラマ、神官の一転攻勢、「仏風呂」や興福寺・鹿の受難には恐れ入った。文化でも会社の事業でも言えることだけど、木に竹を接ぐようなことはしてはいけないなあ。神仏習合本地垂迹説、神宮寺、天皇家の伝統の宗教観などの基礎知識も教授する。

路傍の地蔵から島津製作所まで、廃仏毀釈が遺した痕跡を辿れる。


【詳細】

かれこれ150年が経過した現在でも廃仏毀釈の痕跡はあちこちに残る。廃物運動が激しかった地域を見渡せば、寺院の数が異様に少なかったり、首が刎ねられた地蔵が路傍に転がっていたりする。

 

長年、僧侶から虐げられてきた神官の逆襲に燃える気持ちは尋常ではなかった。それが大衆をも巻き込み、熱狂的な破壊活動まで発展したことは、新政府にとっては想定外であった。

 

廃仏毀釈は日本が古来醸成してきた文化、精神性をことごとく毀した。

こうして振り返れば、廃仏毀釈は、まことに取り返しのつかない宗教史上最悪の暴挙であったと言わざるを得ない。明治維新というエポックは、宗教史的にみれば「国家仏教」から、「国家神道」への突然の転換であり、その陰に、日本の仏教の多大なる犠牲が存在したのである。

 

廃仏毀釈の要因>

①権力者の忖度

②富国強兵のための寺院利用

③熱しやすく冷めやすい日本人の国民性

④僧侶の堕落