Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

中世を旅する人びと

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)

【概要】
著者(監督):阿部謹也

道・川・橋、居酒屋、共同浴場、水車小屋、ジプシーなどのトピックスにて中世の人びとの暮らしを点描・彩色する。

中世~近世(近代)にかけての欧州における経済・社会の変化、聖俗の権力闘争、人びとの世界観や価値観の変化、彼らが抱いた神秘と恐怖のきわどさなど、時代と場所が隔たっても普遍性のあるリアルな人間像が見えてくる。


【詳細】
<目次>

1 道・川・橋
2 旅と定住の間に
3 定住者の世界
4 遍歴と定住の交わり
5 ジプシーと放浪者の世界
6 遍歴の世界

 

遠方のものとの間歇的ではあるが心の奥底にしみこむような感触と、近隣の社会からの孤立。こうした条件が中世農村において伝説やメルヘンを育ててゆく背景をなしていた。

 

居酒屋とジプシーに重点が置かれている印象。

古今東西変わらない、人間のあたたかな心を汲み取っているあたりに著者の人間性を見る。

 

<居酒屋>

それぞれの村の中心にある教会がローマ教会の農村支配の拠点であったとすれば、居酒屋は村民が生活の喜びと苦しみを語り、慰めあう、本来キリスト教布教以前からあった共同生活の中心なのである。しかも居酒屋の多くは旅籠をも兼ねていたから、そこで村人は異国の旅人と言葉を交し、見知らぬ国の生活にふれることができた。いわば自分の村しか知らない農民たちを他の世界とつなぐ居心地よい窓、これが居酒屋なのであった。

 

村落共同体の溜り場として村の生活の中心にありながら、旅人の世話をすることによって外の世界の出来事を誰よりも早く知り、商品流通の要となる地位に立つことによって経済世界の論理と貧富の差の由来をも知ることのできた居酒屋の主人は、支配者と村落共同体成員とのあいだで板挟みの状態にあった。ときに領主の陰険な手先かと思えば、ときには村人の不満に耳を傾ける良き理解者ともみえた。実際領主に対する一揆の企てを密告したのも彼らだし、みずから農民一揆の先頭に立って、一揆敗北ののち、首を刎ねられたのも居酒屋の主人であった。中世を通じて居酒屋は村落共同体成員である村人が互いに飲み、祝い、遊ぶ場所であり、また外の世界と接する唯一の窓であったが、それゆえに飲酒や馬鹿騒ぎのなかでもつねにひそやかな緊張感が流れつづけている場所でもあったのである。

 

<ジプシー>

ジプシー自身はなぜ放浪しつづけるのか、その理由を知らない。(中略)ジプシー娘は「さっさと立ち去ることによって、満されない願望にたいする切なさがのこるから、それだけその土地の思い出をだいじにすることができるから」と答えたという。

 

500年以上にわたる激しい弾圧と極端な差別の中にありながら、ジプシーは誇り高い自負心と人間に対するやさしさを決して失うことはなかった。

 

ジプシーについてのどんなに悪い噂も、疲れきって飢え、凍えた子どもの姿を見たときには一瞬消え去り、納屋の隅に案内して温かいスープを飲ませたのであろう。

 

農民の思いやりがなかったとしたら、冬の厳しいヨーロッパ北部で数百年の間、家をもたないジプシーが生き延びることは不可能だったからである。定住民と放浪者の生活は社会的に対立する要因を多くはらんでいる。しかし歴史的に両者の関係を見てゆくとき、国家や為政者の政策にもかかわらず、両者には相互に深い関係があったことがわかるのである。

 

犬を子供がわりに襁褓に包む乞食、職人仲間の難解な認証サイン、オイレンシュピーゲルのうんこネタなど、面白ネタもあるがその裏には社会的な対立や闘争があったのだと思うと複雑。アジールや特殊技能者の賤民化、メルヘンの成立など、著者の興味分野にも時折ふれる。