Javaさんのお部屋(サム・ジーヴァ帝国図書館)

Javaさんのお部屋です。引っ越しました。詳しくは「はじめに」を読んでね。スマホ版は全体像が見えにくいから、PC版と切り替えながら見てね。

冬の鷹

 

冬の鷹 (新潮文庫)

著者(監督):吉村昭

【概要】

『ターヘル・アナトミア』翻訳の中心人物・前野良沢杉田玄白の好対照な人生を描く。物語を彩る色はいつも灰色で、冬の寒風が絶えることなく吹きつづけている。

 

【詳細】
M.Liotack、五十の手習い。

冷静に考えてみれば、それ以上なにも望むべきものはないはずであった。藩医として主君につかえ、子の達に勉学の道にすすませて家を継承させるだけで満足すべきであった。そうした身でありながら、五十歳にちかい年齢になって新たにオランダ語習得などという難行を自らに課する必要もないように思えた。

 

玄白マネジャーの『ターヘル・アナトミア』翻訳プロジェクト、始動。

「良沢殿、私は、あらためて翻訳を志した日に立ちもどって考えてみました。われらは、女の刑死人の腑分けに立ち会い、その内臓と骨格がターヘル・アナトミアの解剖図と全く一致していることに驚き、感動したのでござる。私は、あの日の感動を大事にいたしたい(以下略)」

 

訳出前進時のよろこび。

はじけるような笑い声が、彼らの間から起った。かれらは、立ち上るとたがいに肩をつかみ、手をにぎり合った。そして踊りでもしているように良沢の腕にとりすがり、激しくゆすった。

 

ロマンだけでなく、人間模様がある。

玄白は、偏狭な良沢をうとましくも思っていた。協調性に欠けた良沢をおそれてもいた。しかし、翻訳事業は良沢の存在なしには一歩も前進しない。良沢が気分を害して訳読会から離脱してしまえば、翻訳事業はたちまち崩壊するのだ。

 

学究肌と実践派の違いが出版で露わに。

良沢は、「解体新書」の出版に背をむけてしまい、玄白の手にすべてゆだねられている。表面的に争うようなことはないが、二人の間には深い溝ができてしまっている。

 

狷介と円満の差がどんどん広がっていく。

良沢は、医家としてよりオランダ語研究者として扱われ、かれ自身も自らをその範疇に入れていた。すでにかれは、「管蠡秘言」「翻訳運動法・測曜璣図説」などの訳出を果たしていたが、それらは自然哲学ともいうべきもので、医家としての道から大きくはずれたものであった。

良沢とは対照的に、杉田玄白は、医家の道を着実にすすんでいた。かれは、ターヘル・アナトミアの翻訳をすすめている間、強い個性をもつ良沢をはじめ中川淳庵桂川甫周の和をはかりながら訳出を成功にみちびいたが、そのことでもあきらかなように、多くの人間を統率する非凡な能力にめぐまれていた。

 

Liotackなるオランダ語署名を抱きしめつづけた良沢、死す。

 

玄白は、良沢の死んだ当日の日記に「十七日雨雲近所・駿河台病用」という文字の下に、「前野良沢死」という五文字を記したのみであった。

ビジネスパートナー的ドライな扱いが、却って人間味を匂わせる。

 

良沢と玄白の好対照な人生を主に描く。

平賀源内や高山彦九郎も登場し、灰色の晩年をかき乱す。

 

GenPack先生のアシスト・コーディネート力は見習いたい。

かれは、良沢のしらべた単語の訳を克明に記録し、家に帰ってからそれを清書する。そして、次の会合に持参すると、良沢たちに配布して訳業を前進させることにつとめた。

 

「どうしてもわからぬことは、一時やり過してみることも必要と存じます。そのうちに他の個所をしらべてゆくうちに、ああそうかと納得できることもあるにちがいありません」

 たしかに勉強ではそれが大事だ。